箱入り娘

夏空蝉丸

第1話

「ほう、箱入り娘ですか」


 不動産の接客ルームで、伊勢は目の前に座っている妙齢の女性に向かって微笑みかける。


「そうなんです。わかります? 私がずっと両親に大事にされていたこと」

「ええ、わかりますわかります。ですが、そんな箱入りの方が、どうして一人暮らしなど」


 伊勢が質問をすると、女性は机を叩く。


「両親がそろそろ結婚しろって言うのですよ」

「ほう。よろしいではありませんか」

「まだ、私、若いのよ。そんなに慌てて結婚するって歳じゃないのよ」


 女性の容姿からは明らかに若さは失われている。ちゃんと化粧もしていないから、手や首筋を観察するまでもなく、顔のしわとシミから用意に実年齢を推測できる。接客業のプロである伊勢にとっては、お手の物であるが、余計なことを言わない。ということも重々承知している。


「ほう。お若いなら結婚を急がれることはありませんかな」

「別に結婚するのはいいのよ。だけど、入った結婚相談所のコンサルタントとやらが、結婚をするためには、一人暮らしした方がいい。とか両親にまで余計なことを言うから、そうなったのよ」

「そうですか。ええ、一人暮らしも悪くはないですよ」

「でもね。お金がないのよ。わかる?」


 女性が威圧的に言ってくるが、伊勢は表情を少しも崩さない。終始ニコニコとしている。


「では、お手頃な価格のアパートをお探ししましょう。失礼ですが、ご予算は如何ほどで、ご職場はどちらになられますか?」

「職場?」

「はい。やはり、お仕事の場所と住まわれる場所は近いほうがよろしいかと」

「そんなのどうでも良いじゃない」

「ですが、以前に通勤が大変だとクレームを受けたことがありまして。やはり、昨今のコンプライアンスとしましても、お客様に寄り添った物件をご紹介する必要があるかと。どのようなお仕事を」

「仕事は家事手伝いよ! だから、ここの近くが良いの」


 再び、机をバンバンと叩く女性を見て、伊勢は立ち上がる。


「わかりました。お手頃な物件が丁度あります。ですが……」

「なによ。紹介したくないの?」

「いえ、一つ問題がありまして、入ったら出てこれないのです。キューブって映画をご覧になられたことは?」

「はぁ? あんた、何を言ってるの。わけがわからないわ。いいから案内しなさい」


 女性に強引に話を進められた伊勢は、車で数分の場所まで女性と移動をした。


「写真で見たより良さそうなマンションじゃない。安いって言うから実はボロアパートってオチかと思ったけど、ここなら住んであげてもいいわ」

「ええ、良いマンションです。ですが……」

「いいからいいから案内しなさい」


 伊勢はいつものように玄関を開けるが、中には入らない。そして、女性が入っていくのを見てから玄関をそっと閉めて鍵を掛ける。


「警告はしたんですけど聞き入れてもらえないのでは仕方がありません。それにしても、大事なものを箱の中にずっとしまっておくのは感心しませんね。いつのまにか、腐ったり壊れたりしているかもしれませんから」


 伊勢は部屋に向かって話をするかのように独り言を呟いてからその場を離れた。

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箱入り娘 夏空蝉丸 @2525beam

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