第24話

「……月雲つくも凪咲なぎさ。また貴様か」



 立ち上がろうとする燎莉かがり


 また攻撃が来ると構える俺だが、凪咲なぎさに手で制される。


 先ほどの鍔迫り合いをいとも簡単に弾いたのは、凪咲なぎさだろう。どうやってやったとか、それ以前にどこから現れたとか、分からないことが多いが、いずれにせよ〈棲脊食念虫ディマーガ〉の能力に由来するものだろう。お前もだったのかとも思いながら、しかし納得してしまう自分もいた。



「って、誰かと思えば燎莉カガリンじゃん! お勤めご苦労様です! ってか、なんでいんの?」



 燎莉カガリン


 いったいどういうテンションなんだと、なんだか先ほどまでの空気感が嘘かのように和んでいく。いや、テンションがおかしいのは凪咲なぎさだけかもしれない。実際、根雨ねうさんは警戒を解いていないし、燎莉かがりも立ち上がって攻撃を再開しようとする。


 だが、ピョンピョンと飛び跳ねるように燎莉かがりの元へと寄っていかれては、やはり調子が狂うようだ。平静を装うかのように煙草に能力で火をつけては、咥えて紫煙をくゆらす。



「仕事だ。邪魔をするな」

「仕事ぉ? ってことは、お義兄にいちゃんも一緒?」

奏人かなめなら焼かれたぞ。そら、そこに転がってるだろう?」

「およ? フレンドリーファイアしちゃった?」

「いや、殺されたんだよ。そこのミミックにな」



 コテンと首を傾げる凪咲なぎさ。それは、状況を飲み込めないというよりかは、不思議なことを言うなという感じ。俺を一回。死骸を一回。それぞれ目にしてから、「うーん」と考える素振りをした。



「いやいや、そんな簡単に死ぬわけないでしょ。――ねっ。お義兄にいちゃん」

「――そうそう」



 声がした。


 それと共に銃を構える音が背後からして、俺の頭に固いものが付きつけられる。――銃口。俺は振り返れなくなった。


 チラリと横を見ると、あったハズの死体は消えている。そして、凪咲なぎさの反応から察するに奏人かなめが無傷であることは、容易に想像ができた。なぜ? と問うまでもない。初めから、「異能力者の二人一組ツーマンセル」だったと考えれば、納得のいくことだったし、なぜその可能性を考えなかったのかと、小さく舌打ちをする。



「はい、そこっ! 銃をしまう! 終わり終わり! まったく、こんな住宅街で異能力バトルなんかやっちゃ駄目だよ。お義兄にいちゃんってば、馬鹿なの? 降格されたいの? 国家公務員だかなんだか知らないけど、ここら一帯をで誤魔化してんのバレバレだから」

「……能力バラすなよ。コイツに真似され――」

「はい、黙れー。てか、最初に手を出したの誰? そいつ殴って終わりにするとかどう? もしくは、お義兄にいちゃん」

「え? 僕? 僕は――」 

鈴音りんねのこと泣かそうとしたでしょ。ううん、泣かせたでしょ! 普通に引くし、嫌いになるんだけど」

「……あの、いや……これにはわけが……」



 ぷぅ、と頬を膨らませる凪咲なぎさ。それに対して、俺の背後にいる奏人かなめがどんな顔をしたのかは分からない。ただ、しばしのにらみ合いの後、大きな溜息を吐き出したのは奏人かなめの方だった。


 後頭部に突き付けられている銃の感覚が消える。それから、しまう音が聞こえたかと思うと、スタスタと燎莉かがりの方へと歩いて行った。



「撤退するよ、燎莉かがりちゃん。どうやら引き際みたいだ」

「……承服しかねるな。ひよったのか?」

「ちょっと、始末書を書きに戻るんだよ。君の襲撃のせいで事が荒だっちゃったからね。変な増援も来るし。……まあ、そのおかげで〈疑倣現写シミュラクラ棲脊食念虫ディマーガ〉の力も見れたことだし、収穫はあったさ」

「いま始末すれば、その下らん事務仕事も減ると思うがな」

「大丈夫。奴らは逃げないさ。もとより、逃がすつもりもないんだけど」


 

 背中を見せ去っていく二人。


 こちらに向かって手をひらひらさせる奏人かなめを、燎莉かがりの紫煙が包み込むと、夜の闇のなかへと消えていった。




 *****




「で、早速襲われたと?」



 一度カフェへと引き返した俺たちを待っていたのは、風花ふうかの呆れ顔だった。最初は、ボロボロになった根雨ねうさんに驚きつつも、店長と共に「病院なら天代あましろグループ関係がいいよね?」と応急処置をしながら冷静に対応をする。


 幸い、根雨ねうさんは意識もしっかりしていて、自力で歩行できる程度には無事だった。「不良に絡まれた」と、心配をかけまいとして虚勢を張る根雨ねうさんだったが、何か所もあるスーツの焦げあとを指摘されては、事情を白状するしかなかった。


 事情を聞き出すのと並行して、風花ふうかは俺が手に火傷を負っていることに気が付く。なんかヒリヒリするな程度には思っていたが、見れば確かに赤く腫れていたり所々水ぶくれができていたりする。不思議なもので、意識し出すと急に痛みが増してきて、俺も根雨ねうさんの隣で処置を受けることになった。



「それにしても公安ねぇ……。それを相手にするなんて、度胸があるんだか、無鉄砲なんだか……。てか、なにしでかしたの?」

「知らねぇよ。アイツらが勝手に、〈アストラル・クレスト〉を悪者にしたてあげようとしてんだよ」

「それで、ブチ切れた結果、覚醒しました、と? いまいち納得できないんだけど」



 釈然としないといった表情をする風花ふうか。どうやって、異能力を使ったのかと訊かれると、俺は少し言葉に詰まった。あの時は、無我夢中でと言ってしまえばそうかもしれないが、それ以上にどう説明すればいいか分からない。


 困った俺は、鈴音りんねに視線を送る。助け舟を求めたつもり。かと思えば、鈴音りんねは俺の元へ真っすぐ向かってきていた。だが、その表情に笑顔はない。いつもになく真剣な表情。


 いや、怒ってる?



「どいてくれ風花ふうか先輩」

りん――」



 不意に、衝撃が走った。



 バチンと響く音。遅れて頬を走る痛み。それで俺は、平手打ちをされたのだと気が付く。誰に? 鈴音りんねだ。


 鈴音りんねからの一撃に、俺は戸惑いつつも顔を上げる。


 そこには、唇をわなわなと震わせながら、瞳に言いようのない怒りを宿した鈴音りんねの姿があった。このまま胸倉を掴みかかろうとしそうな気迫に、その場にいた誰もが唖然とする。



「どうしてあんなことをした! 一歩間違ってみろ、死んでたかもしれないんだぞ? なのに……どうして? 君は……死ぬのが怖くないのか!」




 身体が勝手に……と言いかけて、やめた。テンプレート通りの返しではあるが、あれだけ冷静に燎莉かがりを実演してしまったからには、いまの鈴音りんねを納得させられるとは思えなかった。


 沈黙に視線が集まる。風花ふうかも、凪咲なぎさも、根雨ねうさんも、店長も、俺の回答を待っている。その光景は、なんだか俺を責めているよう。まるで被告人の俺を、裁判官席から見下ろしていると言ったら言い過ぎかもしれないが、当然と言えば当然だった。


 すでに鈴音りんねを中心として完成された世界に、勝手に手を出したのは俺だ。既に完成している絵画に、蛇足を付け足したのは俺だ。その件について、世界から責め立てられ、説明をしろと迫られるのは、至極真っ当なことではある。



「……痛ってーな。助けたんだから、お礼の一つくらいあってもいいんじゃねぇの?」

「……」

「いや、違ったな。『まだ死ぬときじゃない』とか言ってたしな。俺がやらなくても、誰かが助けに来る予定だったんだろ。悪かったな」

「――ッ! だから……」



 質問に答えろと、迫る鈴音りんね


 そこにシャッターを落とすように、俺は瞳を閉じる。


 死ぬのが怖くないか? そんなの怖いに決まってる。答えるまでもないことだ。痛いのも嫌だし、もう一度やれと言われたって、やりたくないのが正直なところだ。


 でも――



「――俺の代わりはいるから」







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