これが噂の伯爵

「貴方がウインドウ新帝国軍中佐か?」

「元ですよ」

「関係ない、当家で働く気はあるか?」


 正直言えばまったくない、5歳の伯爵であることは牢の中で聞いていたがそれが何だというのか。といっても隠した金塊もあるし一度はでなければならない。

 所詮は兵卒の脱走だ、元の肩書はともかく敵としてはせいぜい小隊長。そこまで真面目には追わないだろう。帝国の規模で考えたらそこまで躍起にはならん。中隊長でも兵卒と同じ感覚であろうさ。

5歳で功績があるとかいう胡散臭い伯爵からしたら大した価値もあるまい?


「条件次第だな、無休で働かされるのも食料無しで働くのももうゴメンですよ」

「それはない、ただ条件は自分で交渉せよ」

「…………どういうことで?」

「付いてくればわかる」


 そう言われ牢を出たものの何をするんだか……。

 もう鉱夫のほうが自信あるくらいなんだが、まぁ鉱員仕事は大体覚えたけどジョストン領って鉱山あっただろうか?


「では、会うかどうか伯爵閣下に聞いてくるから待っているように」

「了解した」


 会わないって言われたら私はどうなるんだ?ここで待機?牢に戻る?先に確認しておけばよいだろうに……貴族は困ったものだ。私も元々そうだったか。


 少しだけ待つと先程の男が戻ってきた。


「お会いになるそうだ、軍人としての雇用になるだろう。後は好きに売り込め」

「好きに……?」


 そこまで言うのならとりあえず軍人として接してみるか。あの言い方だと雇用自体は決まってるんだな。まぁどちらでもいいさ、断ったわけでもないしな。


 そこにいたのはどう見ても子供だった。最後の突撃を道を開けて通し騎士にぶつけるという作戦を取ったとは思えないほど普通の子供だった。

 私の経歴にも興味がなく要職につけると言い始めた。領軍教育総監を任せるのはまだいい、新帝国の調練は他の貴族が求めていることは知っていたから。

 だが、領軍司令官とはどういうことだ?先程まで反乱軍の小隊長だった人間につける職とは思えない。元新帝国軍中佐の肩書はそれなりに価値があるがここまでか?


 案内された部屋ではクレマンソーという指揮官が少し驚いていたが、私が司令官になったことを伝えると少し考え込み確認に誰かを走らせた。戻ってきて事実であると伝えられた後はこちらを立ててくれた。どうも話が早い。

 ここまでの厚遇もよくわからない。事実上トップだったクレマンソーはなぜこうもあっさり受け入れたのだろうか?


「カール伯爵がそれをしたのですから問題はありません」

「そうですか……再編も調練も任されたのですが……」

「そうおっしゃられたのならそうするまでです」


 壁はないんだがどうも妄信的な……何かを感じる。軽く聞いた噂では騎士団員になったとか言うが事実だろうか?正式な席次があるとか、噂は何処まで真実なのか。




「兵が多すぎですね、質が低い、もう少し前提条件を変えないと軍として動かすには不足が多すぎます」

「……一部は退職を申し出ましたからね、調練で疲弊して」

「おそらく次は新帝国、もしくは大きめの賊軍刈りでしょう。今のうちに兵を整えねば鎧袖一触で敗北するでしょう」

「新帝国?本当ですか司令官?」

「私をこの職につけたのはそういう面もあるかと思います」

「なるほど……では出兵で実践訓練ということですか」

「今の状況ではその訓練で壊滅するかもしれません」

「カール伯爵に面会を申し込んで伝えるしかあるまい」

「では面会願いを出そう、それまではなんとか……」


 面会願いを出してから即座に会うとのことだった。退職処理すら済んでいない、9000人近い人数を抱えていると思ってる総司令官閣下にどう伝えるべきか……。


 面会に向かうと遅いと言わんばかりの総司令官閣下が詰問をしてくる、ただ質問しただけなのかもしれないが私にはそう思えた。


「君が必要だと思うことを全部やり給え、全部だ全部」


 領軍を全権委任?私に?


「必要なことは実行する、それが帝国というものだ。そうは思わないか?」


 そうだ、それが帝国という国家だった。


「平民にとって過ごしやすければ後は国家間の政治の問題だ」


 そう、だから新帝国と帝国はあの時まで平和を享受していた。

 平民のための戦争が始まるだろう、そう言った総司令官閣下はどこか遠くを見ているようだった。

 間違いない、この7年で未だに不満渦巻く新帝国を下すとの宣言だ!


 この方が新帝国の統治をすれば……あの対立状態にある数少ない新帝国の数郡を任されれば完全に恭順させることができるだろう。ただでさえ1州残しての講和だったのに国境沿いの村や都市が帝国側に帰順していき、前の戦争で被害が多かった帝都周辺が残っただけになったのだ。

 私は新皇帝の首を総司令官閣下に捧げることを確約した。そう、結局あの皇帝も先代と同じろくでなしでしかなかったのだ。


 カマをかけてもとぼけられ、わかったことは本当に騎士団員になったことだけ。

 だが、それで十分。私が総司令官閣下を信頼するにはそれで十分。新帝国も神聖帝国も賊軍共も蹴散らしてやろう!



「クレマンソー指揮官、領軍に関して全権委任された、完全な全権委任だ。全て必要なことをやって良いとのお達しだ」

「前と違うのですか?」

「必要なことは全部実行していいとのことだ、領軍の数も人事もすべて任せると」

「人事も?」

「そう、人事も……だから領軍を完全に解体する」

「へ?」

「士官も再訓練、新帝国式の訓練をして使えないやつはどのようなやつでも叩き出す。騎士団関係者であっても構わないと、総司令官閣下は厳格な判断をくだされた」

「騎士団関係者であっても……!?」

「それだけ領軍に不安を持っていたのでしょう、話では戦死しかけたとか」

「……」


 この沈黙は……噂はほんとうだったか、前の敵中突破で危うく死にかけたという噂は。それに対して楽観的なことを言っていたのがクレマンソー指揮官だったというのもあながち真実かもしれない。


「新帝国と戦える程度に鍛え上げます」

「わかりました、退職希望者はどうします?」

「全員やめさせてあげましょう、不要です」

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