危険な部下とやばめな先輩

「カール様大丈夫ですかねぇ……」


 ねっとりとした口調でアラン先輩がささやく、なんて嫌な職場環境だ!こんなのと毎日いるあたりカール様も狂ってるんじゃないか?

 まぁ完全にこっちが悪いからな、仕方ないんだが……騎士団叙任推薦であたりが軽くなるかと思ったんだが……しれっと自分は推薦員にならなかった。

 何かあったら責任は推薦人筆頭の俺に押し付ける気満々だな。


「だ……大丈夫だといいんですが」


 大丈夫ですよと言おうものなら何を根拠に?とかネチネチ突いてくるぞ、絶対。侯爵家にいかなかったら宰相になってただろう、そしたら貴族はだいぶ減ってたかもな。何なら当代侯爵がまっ先に消えてそうだ。先代は特筆して優秀だったんだけどな。


「いや、被害の補填は局長がなさるのでそこは考えなくて良いので助かっています。いや、助かりますよ。自力で1万の領兵を養うには何年かかるかわかりませんからね、いやーまさかここまで兵を増やすとは弟さんは徴兵が上手でいらっしゃる。いや、本当に。産業も何もなく道路を引いても利益が上がるまでにはどれだけかかるか、途中の領が利益を出してこちらに利益がこない事も考えていたのですがいやはや見事な見識でいらしゃいます」

「いえ、ある程度育ったらで……比率は流石に減らしていこうかと……此度の活躍である程度の報奨も出るでしょうし……」

「こちらをどうぞ」


 プラスになるまで全額払わせるつもりか!?流石にそこまでは……負担なしだと領兵月給だけで白金貨50枚くらいではなかったか?個人の前借りや領兵の買い物が差し引かれるからもっと下がる可能性はあるが。俺の給金と土地ころがしなどの財テクを使っても結構な負担だぞ、金山発見で新通貨発行会議でゴタゴタしてるのもあるのに……流石にこの手のものはアルミ金貨じゃ払えんしな……。

 今、大金持ちのカール様には配慮が必要とはいえそこまでしたら1年でアルミ金貨6枚、新通貨の価値次第ではどうなるかわからんし……財務省の動きもわからん。

 クレツェン伯領代官が領内で密輸された金の量で経済統制に手間取ってるのもあって金鉱規模を把握したくてたまらんようだが知ったことではないな。


 にしてもこの手紙面白いことが書いてない、だらだらと現状の書類到着日やら何やら……クレツェンの動き以外はどうでも……ドント?


「この手紙にあるように領軍の状況は悪く支出が増えることになるかと、9000人にまで回復する目処が立ち……」


 いやいやいやいや!なんで回復するんだよそこまで!募兵をあそこでやったのか?肝心なことをはぐらかして書いてない!何枚組だ!目次でも付けておけ!


 新帝国軍の佐官がいて司令官にした!?なにをしてるんだドント!お前止めなかったのか!なんでいるんだ!帝国軍も騎士団も欲しがる人材だぞ!恩を売れただろうに何を……。


「ウインドウ領軍司令官就任と領軍教育総監、カール様自らが戦果は嘘をつかぬと採用しました。なにか問題でも?」

「……ありません」


 じゃあ仕方がない……。カール様自らが引っ張ってきたのなら横やりなぞ入れられんわ……ただでさえこちらが失態続きで不利だと言うのに……トーチャは帰ってきたらぶん殴る。


 つきましてはウインドウ司令官が新帝国軍並の強さになるまでの期間を局長が支えていただけると革新しています。だと?

 革新?カール様を革新派の旗頭にするつもりか?革新せず確信してくれよ!しかもこれ宛名が俺じゃなくてジョストン伯爵家家宰様になってるじゃないか!先に把握されて……させたか!

 私文みたいな内容含めてこれか?


「いや、私も局長がこの領とカール様を支えていただけると確信しております。革新的にね」

「え、ええ……」


 革新的な確信ってなんだよ!皮肉だろうが……これだから先輩の相手は嫌なんだ!


「この地方は畜産に向いているのですが……軌道に乗れば白金貨が10枚、ブランド化できればもっと乗るでしょうなぁ。この地域は果物が美味しんですよ、ブランド化できればいいんですがねぇ……」

「……実際に食べて確かめてみないことには」


 言った瞬間にしまったと思った。この流れはまずい、この手の人間は大体逃げ道を封じてから狩りをしてくるのだ!唯一の逃げ道が一番の罠だと言うのに!俺を的確に精神的に追い詰めたうえで行動に出てくるからあっさりかかってしまった。獅子に囲まれたシマウマだ!


「それはよかった、今日の昼食はその特産品でしてね。正直な感想に期待しています、改善の余地があるのは良いことです。ただでさえ領軍の費用が圧迫しているので少しでも稼がないといけませんからね」

「ええ……」


 嫌ならとっとと金になるものを作り出せということだな。これは根回しされているか?ドントのやつめ……騎士団叙任でカール様派に傾いたか?いや、我々はもはやカール様派だがな。

 そもそも先輩を敵に回すのはまずい。ここで急に逃げようものならあらゆる手段を使って私を破滅させる可能性がある。カール様の受けが良いから助けてくれるやつはあまりいないはずだ。

 ゲール子爵と友人関係なのもまずい。軍務省統合幕僚監部で計画部長の任にある。しかも新帝国との戦争で数少ない現新皇帝と切り合い生きている人物だ。まっ先に俺を殺しに来る可能性が高い。


 そもそも……前のときもそうだがここで逃げたら俺がカール様を罠に嵌めたとしか思われん、軍務省がカール様と友好関係をあらためて構築するために俺を笑顔で処分するだろう。ゲール子爵含めて関係が深まれば解体再編中の内務省なぞどうでもよかろう、騎士団と内務省の関係も断てるしな。俺の後任は……内務副大臣にする予定のザウゲッツか?帝国軍との関係が深いから一石二鳥だな。

 そうすると俺は財産吐き出して乗っかるしかないわけだ、まぁその前から全力で協力しないと内務省自体の評価が落ちる、もう底は見えてるからこれ以上は再度粛清が始まる。特にカール様に関して内務省の失態は2度目はない、前任大臣が娘を使い、命を狙い母を殺している。ここでまた内務省がカール様にやらかせば……平民が黙ってはいないだろう。


 カール様が復讐権行使者で名前を売ったのも、その後に本人に責任のない返済を敢行して名を挙げたのも、アラン先輩が補佐してるのも、オリバー先生と未だに関係が良いことも、そして今回の活躍に敵地領都の内政掌握といいとにかく非の打ち所がないのが困る。騎士団叙任推薦でなんとか俺の影響力を残してると言ってもいい。

 ここで元新帝国軍の中佐をというなかなかの人物を司令官にすることで騎士団の影響力も少し下げてるのがバランスが良い、しかも現に痛めつけられた相手だから領軍指揮官も強硬な反対もできない。カール様が司令官を引き継がせる形で入れてるからな、偶然かわからんが政治嗅覚も大したものだ。弟にはこの判断もわからんし反対もせずいい人材が来ましたな羨ましいなぞとのたまうだろうさ!


 今回の戦争で前言を違え、最前線の戦場に送り込み、あげく最後の決戦を担当させたというのは当家の失態だ。これから逃げるのは内務省の失態だ。

 腹をくくってここを発展させ内務大臣に就任してカール伯爵と関係を深める、それしかない。

 当初は対等かこちらがやや有利だったのに三カ月足らずでこのザマか、やはり異世界転生者か?それとも相手が悪かったか?人生二周目で嵌められたほうがあり得るかもな。


「おや?どうかしましたか?難しい顔をして」

「いえ、何も……」

「昼食ですしそろそろ行きましょうか、今日はステーキですよ」

「それは……素敵ですね」


 何がおかしいのかヘラヘラ笑うアラン先輩と昼食を取ったがたしかに肉は美味かった、この質なら畜産に金をかけて売り出すしかないな。うーむ……桃もうまい、確かに投資するしかない質だ。

 罠にかけられて出すしかない状況と言い訳して金を出すようにしてくれたのか?アラン先輩はひねくれてるからわからん!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る