ゲールと家族

 家族を殺して席次を貰う、ただそれだけの儀式である。その前に少しばかり戦功があったかもしれぬがその程度である。

 凡庸な貴族の司令官では平民を蜂起させることに恐怖して避ける手であろう、しかし新帝国との戦争で有効な手段であることは私自ら実践して確かめたことだ。食料を名誉に変えるだけ。


 謀反人の領地として後ろ指を指されることはないと思っている平民にお前たちはその時何をしていた?協力したのではないかと疑うだけの簡単な策だ。

 策ですらないな、貴族が平民に対して無体を働けば報復することが国家が認めているのだ、脅されたとも従うしかなかったとも言い訳は通じない。なにせ帝国に不満があって徴兵に応じて剣を向けていたわけではないのだ。平民とて謀反人だ、嫌なら貴族と戦うなり逃げるなりすれば良い、もし家が燃やされても保証は出るのだからな。


 そして平民を蜂起させ、貴族の領兵や関係者をひたすら攻撃させた。あとは領都を放火して謀反人だから仕方がないし、皆こうなると脅しひたすら動揺させ内部分裂を促し後は攻撃するだけでほぼ終わった。


 だから勝てた、たったそれだけのこと。


 ドムン公爵の統治は問題がない、それどころか高く評価をされていた……なにせ統治功績で席次を得たほどだからな。一応その関係で役職を与えられ内務省の地方行政かどっかの局か課に籍だけは置いていたはずだ。その時引き込まれたのだろう……。


 あの立派な方がどうして今回のことに加担したのかはわからない、なにか不満があったのか……少なくとも他の家に通じたこの戦法は全く効果を発揮しなかった。扇動役が逆に平民たちに殺されたり、公爵が謀反をおこすはずがないから帝国に非があろうと公爵軍に合流したりと裏目に出続けた。


 だから勝てなかった、たったそれだけのこと。


 だから周辺領土を焚き付けた。静観していたお前たちも謀反人だと、実情はともかくお前の領地貴族は謀反人だとひたすら煽り、違法である商人の敵輸送部隊すら盗賊のフリをして襲撃して徹底的に引き伸ばし続けた。いずれ援軍が来るだろうと。とにかく一人でも殺せばよいと、偉そうなやつを殺せと。


 そして、もう少しで援軍が到着するというときに、かつて戦友と切り合い、殺した。この男が謀反と知ってここにいるくらいなのだ、覚悟はしていただろう。切り捨てた後も公爵万歳と言ったことには驚いた、本当に驚いた。貴族に対してここまで仕えてる人間はそうはおるまい、恩があるとは聞いていたが命をかけるほどだとは知らなかったね。


 援軍が来た際に謀反計画の実情がわかったとき、実家が謀反に関わっていたことを知った。私は引き継ぎを済まし、私が切り捨てた戦友の家族に寛大な処置を願った。そして私は家族を殺すために帰還した。


 父と母は私が帰ってきたことに驚き、謀反軍はどうなったかを聞いた。私は嘘をつき帝国軍が敗北したことを伝えた、そして立て直しのために来た命令であると。2人は軍は後で送るから直ちに引き返すように命令を下した。


 私は2人を切り捨てた、そんなものはない。軍のことは私が把握している。2ヶ月の戦闘でまともな情報も入っていない当たり、帝国側から情報が遮断されていたんだろう。見世物になるよりはいいだろうと言い訳をしたが……本心では憎らしくてたまらなかったのだろう。今ではそう思う。


 執務室に入ると兄はいつものように仕事をしていた。私は別段どうでもよかった、どうせ此奴はここで死ぬのだ。

 剣呑さを感じたようで兄はいくつかを乾いた声で聞いたが、私は何も答えなかった。剣を抜いたとき兄は動揺をしていた、情けない男だ、戦場にも立たず統治でも功績なく……


「命だけは助けてほしい……命だけでいい……せめて……」


 その挙げ句この程度の命乞い、一刀で首を刎ねたが呆れるしかなかった。これが兄か……


 帝国側に使者を出し、この馬鹿げた謀反人どもの遺体を晒し、実家の書類から謀反の証拠を探しておこうと思っていた時だった。執務室で手紙を見つけたのは。


 それは書きかけで、私が殺したから書き上がらなかったもの。帝国側に対して私が、弟が今回の謀反と無関係であることを証明するもの、公爵側に対して私の、弟の助命を求める手紙の返信。


 私は眼の前が真っ暗になったような気がした。そうだ、私達は仲は悪くなかったはずなんだ……たしかに兄は口は悪かった、偏屈だったところもある。今回の謀反に関わっていたとき私の心には失望があった。それは両親ではなく私を引き入れなかった兄に対してではなかったか?思い出せ……兄は私を殺そうとしてただろうか?兄は剣でもいい腕だったのではないか?私が遠征で不在の時領兵に訓練をつけていたではないか……なぜ命乞いをした?なぜ黙って切られたのだ?


「おい、ゲール!領内の守りは捨てていいから全軍を持っていけ」

「流石に全軍は……50人で十分だろう?」

「ダメだ、150人全員連れて行け」

「流石に領兵ゼロはまずいぞ、兄貴……」

「いいから連れていけ!」

「じゃあ120人連れてく、30人いれば多少は敗残兵が来てもなんとかなるだろ?」

「…………わかった、お前予算はどれほどある?」

「金貨50枚くらい」

「予備の大金貨を持っていけ、1枚でいいから」

「そこまでは……」

「いいから持っていけ」


「無事に帰ってこいよ」



 なぜ私は斬ってしまったのであろう?2ヶ月で疲れが溜まっていたのか、激昂すると周りが見えなくなるせいか、兄だけは私を気遣っていてくれたではないか。もし最初にあったのが兄だったら冷静さを保てていたかもしれない、兄の質問に答えていたらもう少し落ち着けたかもしれない。

 私は家族の異物だったのだ、両親が保険と生贄に私を使おうとしていたこともよく分かる。

 私は生きていてはいけない人間なのだ、と。


 私の無実を証明する書類を焼き捨て、いっそ私も族滅されてしまおうと思っていた時だった。

 このまま兄を弟殺しを計画していた外道にして良いものか、両親は良い。私にとって家族は兄だけだったのに。


 私は兄の家族を拘束した、妻と子供2人……このままでは刑場の露と消えるだろう2人を幽閉してる間に兄の部屋、執務室すべての場所を調べ兄が今回の謀反に関わったであろう証拠を焼き捨てた。おそらく表に出てくるのは当主である父だろう。ドムン公爵も兄が出した物証たる手紙自体は焼き捨てただろう、そういうお方だ。


 私は目に見える限りで兄をグレーにした。真っ黒を薄めて曖昧な位置にしたのだ。指摘されても指摘しきれない絶妙な度合いだ。

 私は到着した帝国の使者に事実を告げた、兄が関わっていた証拠だけは消して。帝国の使者は困っていたようだったが私を助けようとしていたことと物証がないことで曖昧にするようだった。せいぜい父の謀反に気づかぬ間抜け程度の扱いに持っていくのだろう。私も族滅対象かと聞いたらバカなことをおっしゃらないでくださいと笑って返された。


 兄の家族は助かった、私が爵位を次ぐのかと聞いてきた際にはその子に継がせると良いとだけ言った。私は家名を捨てる旨を伝えた。兄の妻も実家に戻るので継がないそうだ、どうやらここでシュコン子爵家は途絶えるらしい。


 爵位を継承する旨の連絡が来たとき私は呆れてしまい断ることにした、だが新たな子爵家だそうだ。いらないので断りたかったのだが……戦友の家族がいる街の統治が仕事だった。いやらしい手を使うと思ったが私は引き受けることにした。兄の家族はそこまで面倒を見ないのに私という人間は何処まで……。


 私は子爵として仕事をしようと思ったが様々な問題があった、繰り上がりでまだシュコン子爵だったのだ。よって旧領を統治する必要があり頭を悩ませた。

 金が無いのだ、全く。そこで頭を悩ませてる時に朗報が入った、どうやら金を返してくれるらしい、どこぞの侯爵夫人だかに我が家は金を巻き上げられていたらしい

 急遽入ってきた、もとい戻ってきた金貨250枚でしのぎきりシュコン子爵家は終焉を迎えた。


 そして今日、私は家族を殺して席次を得る。

 もう一人乗るらしい、さて誰だろうな……


 そこで私が会ったのは


 私と違い兄を助け


 私に子爵家を円満に終わらせてくれる機会を与えてくれた


 私の恩人だった

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