クレインの訪問

 帝国の行く末と自分の末路が同じ路線で進んでるような不安を抱えて落ち込みつつ、兄貴に手紙を出し、没落エンドや死亡エンド回避のため色々と準備を整えていると帝都屋敷の侍女長キャスが恭しくノックをして入室してきた。


「失礼いたします。法務省のクレイン様から先触れが来ております」

「わかった、会うと伝えてほしい」

「……わかりました、そのようにお伝えいたします」


 どうしますかと聞かれる前に答えてしまったな……。

 まぁ、子供の失敗だし許してくれるだろう。クレインさんが直接来るってことは、カツアゲされた金絡みで多めに申告してきたやつがいるんだろう。全く困ったものだ、罪に問えるか見逃すかでも試されてるかもしれないからね。ついでに復讐権のことをもう少し聞いておくか?流石に……要件が先だな。

 書斎から持ってきた新聞でも読んで待つか



「この度は急な訪問のお願いを聞いていただきありがとうございます」

「いえいえ、クレインさんなら大歓迎ですよ!さぁさぁ!そちらの席へどうぞ」

「ここまで丁寧な対応をしていただけるとは思いませんでした……」


 そりゃするよ、俺の命を握ってるかもしれない人物の一人だからね

 兄貴の次くらいに握ってそうだよ、その次はアランかな?


「さっそくですが……こちらが虚偽申告をした人間のリストです」

「あまりいないように思えますが……2枚ですか?」

「2枚目の貴族、平民には返還は無用です、論功行賞前くらいまでにはすべて消えるので。家に来たら順番に返してると追い返してください。ごねるようならその場で処分していただいて結構です」


 手間が省けますのでと小声でつぶやかれたけど本当に大丈夫なのか?

 それにしても差額も書いてあるが計算ミスっぽいのもちらほらあるな。

 金貨5枚と銀貨30枚、金貨8枚の返還でも可、虚偽差額が銀貨1枚は普通にミスだろうな。

 この辺も見極められてそうだな。ぴったり返すか迷惑料込みで1枚を返してるか。

 大金貨15枚、白金貨1枚と大金貨5枚でも可、金貨での返還は不可、虚偽差額は大金貨8枚。やりすぎじゃね?舐められてんな……。


「この差額の大きな……」

「調べましたが実際に大金貨15枚は巻き上げられてますね、当事者から提出されたものが認定できる証拠ではなかったのですが……我々が把握していても証拠にならないものはならないので」

「なるほど……」


 そんなのもあるんだな……。それにしてもこれ聞いておかなかったらこの人と揉めたんだろうな……バルザックさんね、800万の証拠はないけど、実際に取られて泣き寝入りとか絶対恨むな、返ってくると糠喜びさせられてそれだしな。


「ちなみに……証拠はないが実情が把握できて差額に間違いがないものはどなたでしょうか?」

「この2人以外ですね」

「銀貨1枚の方は計算ミスですかね?こちらの金貨3枚は……」

「前者はおそらく、後者は悪意がありますね。しばらくは消えないでしょうが……お望みなら……」

「適切な金額を返すとします、付き合いを考えればよいだけなので」

「ほう」


 しくじったか?目がギラリとしたぞ。

 ちゃんと殺すべきときに殺さないなんて甘いですなぁ……消えてもらいますか、とかかな?簡単に人殺さない自制心があると思ってくれんか?


「その心意気、感服ですねぇ。来週を予定したのですが……明日返還リストの一部を送ります、優先して各家の屋敷に書類と合わせて返還すればよいことがあるかと。できれば論功行賞前が望ましいですね」

「ありがとうございます、帝国銀行に連絡を出します」


 なんだかわからんが、とにかく良い方に動いたから即処分ルートではないな!


「ちなみに……アラン様から伺ったのですが、ジョストン家の家宰に任命されたとか」

「ええ、委任状は先程書きました。後は伯爵家の印を押して提出するだけなのですが……まだ襲爵前なので……」

「ああ、問題ありませんよ。カール様が統治を任されてアラン様を家宰に任命した、そして全権委任状を出した。ここさえわかっていれば現状で提出しても問題ありません。法務省に戻る際に私が提出しておきましょうか?」

「……お願いいたします」


 受けるのが正解か、断るのが正解か。

 わからんがこの状況でわざわざ断ることもないだろうし……改めて伯爵に襲爵した際に提出すればいいだろう。アランも伯領の情報把握に時間はかかるだろうし。


「そういえば、帝国の歴史を少し聞いたそうですね?」

「ええ、席次などがわからなかったもので……貴族の扱いもいろいろ」

「まぁそのあたりは貴族学院で学ぶものですからね、多少は入学前に学びはしますが……家によってまちまちですからね」

「ええ、とにかく貴族は平民と同じ地位、もしくは低い地位であることは把握しました」

「地位は同じですね、席次が低いだけです。初代皇帝陛下は身分制度の廃止をした際に帝国に利を与える人間は皆同じ地位にいる。官職で国家における席次がかわるだけ、それくらいですね」


 クレインさんって偉いんですか?って聞きたいけど聞いたらすごく危なそうだな

 おそらく現状ではアランの方が俺よりは偉いことはわかる。

 聞きたいけどめっちゃ偉かったら今後は敬語で接し続けてしまうかもな、いや別にいいのか?


「アランの席次は高そうですね、これから家宰を2つもやるくらいですし」

「高いですね、一応官職についてますし」

「官職に?知りませんでした……」

「統治に功績がある場合は内務省に名簿上は所属することになってますからね、出仕しないタイプの……名誉職のようなものですね。解体され新内務省になりますが同じく所属することにはなるでよう」

「内務省だから高いのでしょうか?」

「それは違います、アラン様の席次が高いのは長年の家宰としての手腕ですね、先代侯爵と共に領地発展に力を注いだからです」

「私に過ぎたるものですね」

「そのようなことはありません、アラン様が断られてないのですから」


 アラン偉かったのかぁ……すごく偉かったのかぁ……40年くらい働いてたし、家宰になって15年だったかな。

 断られてたらアランが支える価値がないガキになった可能性もあるのか。アランの方が俺の人生握ってた可能性が……?

 アランが断らなかったというだけでステータスになるか?

 先代の頃から活躍してる言い方だしな。


「復讐権に関してはお聞きに?」

「二親等の人間が個人の暴走以外の関与で殺された場合に立証できれば族滅、及び財産を没収できる誰でも行使できる権利。優先権は親か子。他者が立証した場合行使義務がある権利、でよろしいでしょうか」

「はい、ではなぜ生まれたかは?」

「存じません」


 絶対ろくでもない経緯で生まれたんだろうことしか知りません


「事の始まりは建国前に遡ります。冤罪、内戦、粛清から故郷を脱出した4人が平民・農民たちに助けられ建国を決めるまでの間の話です。その時に弾圧され、搾取され、慰みものにされる農民・平民たち、反抗した人間が連帯責任で村ごと惨殺される光景を見続けた4人は身分制度の事実上の廃止を誓います」


 すごくゲームっぽいな、4人ってことはまだ5英雄じゃないな……最後の一人はヒロインか?主人公か?


「東方にあった武家の出身の初代皇帝陛下、内戦になった王国の第三王子マルクス・フランケル殿下、騎士家出身のケーン・ド・バリス卿、そして農民のゴードン様、建国4家です」


 ゲームだ!これはラノベではなくゲームのタイプだ!戦争系ゲームだ!1作目かな?

 いや、こっちが1作目で2作目が建国神話とかありそう、


「そして西方の……今の新帝国首都のあたりに流れ着き建国を宣言します。平民のための権利を保護、身分制度の廃止、防衛権の周知。これが復讐権の原型ですね。そしてある時森の中で佇む男を保護します、それが異世界転移者の佐藤敏夫様、のちの初代宰相です。一応建前では全員が異世界から来たことになっていますが……帝国の公式見解でも史実的にも否定されていますね」


 異世界ものだ!やっと掴んだぞ!全員異世界から来たことになってる?つまりこの……ん?全員男っぽいな……あれ?


「この5人が5英雄ですね、他にも従士長ドナルドの防衛戦争や国号会議、ゴードンの涙、人類平等演説など、この時期の面白い逸話はあるのですが省きます」


 省くな!恋愛イベントとかあったらどうするんだ!恋愛ゲーかどうかだけ確かめさせろ!


「初代宰相に就任した後は様々な政策を実施し、4人の要望を組み帝国法に行政機関、教育制度の完全確立、様々な料理の開発、そして復讐権を完成させました」


 お前が原因かよ……料理チートできない理由は……。後日談か続編だから盛りまくったのかわかんねぇよ……。


「建国4家の悲願であった貴族権威と権力の剥奪、平民権力の確立、復讐権の周知、そして大陸統一。これを成し遂げたのち4家は下野し皇家は残りました。5英雄の御意志を踏みにじる愚物がでた場合は皇家を平民や5英雄の子孫立て直す、それが続き今に至ります」

「ちなみにそれぞれの婚姻はどのようなものだったのでしょうか?」

「えっ?…………それぞれが平民と婚姻しましたが……それがなにか……?」

「いえ、貴族を失墜させるのなら政略結婚を使ったのか少し気になったもので」

「ああ!なるほど!そちらは単純に席次制度を制定した後で失態のたびに下げていったようですね。そもそも平民を見下す発言を堂々とした貴族はゴードン様に対して無礼を働いたと処断されたこともあったようで」

「なるほど、婚姻は無関係だったのですね」

「ええ、初代宰相の伴侶は元貴族だったらしいのですが……平民虐殺に抗議して爵位を剥奪された後独立して祖国を攻め滅ぼした後に帝国と合併、王位を退き帝国5英雄と同じように帝国合併時に家名を捨てたそうです。そして初代宰相と婚姻したと」


 ヒロイン?こっちも異世界転生か何かかな?5英雄って家名捨てててたんだな、いつ捨てたんだろう……?もう少し深く聞きたいな。


「戦場のロマンスのようなものですか?」

「いいえ、酒場で飲んで馬が合ったから結婚したそうです」

「…………他の方々はどうだったのですか?」

「建国から付き合いのあった平民と婚姻したみたいですね、まぁ大体は建国時には実質夫婦関係にあったらしいのですが……全員籍を入れ忘れてたみたいで宰相婚姻の翌日に慌てて提出したそうです。その日の午後に帝国会議場で妻たちから怒られて正座する4人がいて参加者が面白く見てたとか。この時の姿は宮中画家のアルメールによって絵画になってますね『籍を入れ忘れた4人』として帝都美術館に展示されてるので良かったらどうぞ、隣の絵画は表情の対比で初代皇帝達が置くように命じた『建国式』です」


 ちょっと見てみたいな……建国4家も権威をもたせすぎない様に気を使ってったぽいな。宰相の入れ知恵かもしれないが。

 あれ?ヒロイン不在?一本道のやつか?

 そもそもロマンスもなさそうだしな……初代宰相夫人が主人公で帝国ルート……にしてはあっさりしてるしな……バッドエンドかノーマルエンドだった……?


 帰るクレインさんを見送りながら建国記でも読んでみようと思った。

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