第75話・その頃のきみに出会いたかったな


 アンジェリーヌの両親は、彼女の結婚を機に公爵家当主の座を明け渡し、荷が下りたとばかりに領地に移り住み、ユベールは隣国にあるキャトリンヌの別邸に移り住んだ。


 キャトリンヌと復縁したわけではない。キャトリンヌはこの年で再婚なんてと拒んではいたが、ユベールとは恋仲で、ほぼ事実婚状態で暮らしている。二人ともそれで納得しているのなら、構わないだろうとアンジェリーヌは考えていた。




「おかあしゃま──」


「あらあら。我が家の天使がお目覚めね」




 ベッドで昼寝をしていた、末っ子のオーブリーが目覚めたようだ。ベッドから降りて、ベランダにくるとアンジェリーヌの膝にしがみついた。




「だっこ」




 オーブリーを抱き上げて膝に乗せると、今度は「おとうしゃま──」と、手を伸ばす。


 カナレッドが抱き上げていると、「おとうさま──」「おかあさま──」と、二人の子供の声がして、7歳の息子レオナードと、5歳の娘クレアが部屋に入って来た。




「あ、オーブリーずるい。おとうさま。わたしもだっこしてぇ」


「ぼくも」




 二人は競うように主張する。それを半ば呆れたように見ながらアンジェリーヌは言った。




「二人ともお父さまは一人しかいないのだから順番にね」


「「はーい」」




 この子達は返事だけは良いが腕白なのだ。少しもじっとしていられなくて、外では木登りや砂遊びをして服を汚して帰ってくる。アンジェリーヌは手を焼いていた。


 自分も従弟のバーノを振り回し出歩いて、散々使用人達をハラハラさせたことを棚に上げ、もう少しお行儀良く出来ないものかしらなんて思っていた。




「あなた達は誰に似たのかしらね?」


「おかあさまに、にているって。バーノおじさんいっていた」


「さすがねえさんのこだって」




 子供達に暴露されて、アンジェリーヌの米神が引き攣る。バーノのやつ。と、思っていると、椅子から立ち上がって子供達を順番に抱っこしていたカナレッドが、




「そうか。きみたちのお母さまは意外にお転婆さんだったんだね」




 と、言って微笑む。アンジェリーヌは今となっては、取り消したい黒歴史を夫の前でバラされて、恥ずかしさで俯きたくなったが、次の夫の言葉で気持ちが浮上した。




「その頃のきみに出会いたかったな。きっと可愛かっただろうね」


「あなた」


「きみにはいつも驚かされるよ。色々な側面を持っていて僕の好奇心を飽きさせないんだ」




 カナレッドが5歳の娘クレアを抱いたまま、頬にキスしてくる。それを見て子供達が冷やかした。




「うわあ。ラブラブだ~」


「おとうさまとおかあさま、なかよし」




 子供に囃し立てられて、カナレッドは「そうだよ」と、笑い、アンジェリーヌは赤面した。アンジェリーヌ達は結婚して8年ほどになるが、カナレッドはアンジェリーヌへの想いを使用人始め、子供達の前でも隠しはしない。


 その事が最近ではアンジェリーヌの悩みだったりするが、そのことを親友に言ったりすれば「惚気ているの?」と、言われそうで明かすことは出来ないでいる。




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