第50話・七色モモンガ生存の危機?
「七色モモンガは絶滅危惧種なの。もともとこの国にも沢山生息していたの。ただ乱獲されて存在が希少になってしまったのよ」
「乱獲? どうして?」
「この国でも魔法や呪いが横行したと言われる時代があったでしょう? 実際には魔法なんてなくて、その頃は権力争いが激しく、七色モモンガの特性を利用した王侯らが、気に入らない相手に七色モモンガを差し向けて噛ませて、相手の見た目が変化した所で『悪魔付きだ』『天罰が下った』等と言って断罪していた時期があるのよ。それに七色モモンガから作られる薬は、媚薬になると信じられていて、何百匹、いえ、何千匹と捕獲されていたらしいわ」
「自分達の欲求を満たす為に、七色モモンガを捕まえて利用していたと? 酷い。可哀相だわ。あんなにも可愛い存在なのに……」
「だからこの国で七色モモンガに会えるのは、ほぼ奇跡といっても良いと思うわ。ナーリック医師は、七色モモンガに人の目が向けられては、また邪な思いを抱く人々の犠牲になりかねないと、危機を抱いたのだと思うわ」
「そうだったんだ」
「ところでベラは、学園の方はどう? 仲の良いお友達は出来たのかしら?」
「クラスメート達には色々と誤解されて距離を置かれているけど、オロール公爵令嬢のアンジェと、その従弟のバーノくんとは仲良くしているわ」
ジネベラの言葉に、キャトリンヌは「オロール公爵令嬢」と、驚愕した様子を見せたが、安堵したようにため息を漏らした。
「人見知りのあなたにも親しい相手が出来て良かったわ。そんなところも、あなたのお祖母さまに良く似ているわね」
「え? お祖母さまは活発な人だったのではなくて? 子供の頃は人見知りだったのですか?」
ジネベラが母親を見やると、母も祖母が人見知りなんて話は知らないようで首を横に振る。
「もともと人見知りが強かったのよ。だけどそのヒロイン病? になってから、一皮むけたように消極的な性格が活動的に変わったのよ。恋の影響もあると思うけど」
「う、ぐっ。こ、恋……? ゴホッ」
キャトリンヌから思わぬ言葉を聞いて、お茶を頂いていたジネベラは咽せそうになった。
「大丈夫? ベラ」
母が慌てて背中をさする。ベラがそれに身を任せていると、キャトリンヌは昔を懐かしむように言った。
「見た目が変わったことで、三人の素敵な貴公子達と出会い、彼らに恋されてそれまで消極的だった姉さまは、自分に自信がついたのでしょうね。魅力的になったわ。そしてその中の一人と結婚して幸せになったのよ」
「お祖父さまね」
ジネベラが生まれた時には、もうすでに母方の祖父母達は亡くなっていた。二人のことは母から話に聞くだけで、その人となりはあまり良く知らなかった。
「彼は寡黙な人だったけど、あなたのお祖母さまのことを大事にしていたわ。さすがはナーリック医師ね。ヒロイン病だなんて、目の付け所が素晴らしいわ」
「そ、そう? 叔母さま。わたしはふざけた名前だと思ったけど……」
「彼がそうやって言い切れるとは、もう過去の想い出として姉さまのことは消化されているのね」
「叔母さま? もしかしてナーリック医師は?」
「もう時効かと思って言っちゃったけど、この話はここだけの話しにしてね」
キャトリンヌは、茶目っ気たっぷりにウインクして見せた。あのナーリック医師がお祖母さまに恋していた? ジネベラは、もう一人の貴公子の存在が気になった。
「叔母さま。今夜は何が食べたい?」
「そうね。お豆の入った野菜煮込みスープが食べたいわ」
キャトリンヌが母にリクエストしたのは、この国で家庭料理とされている豆野菜スープだ。すりつぶした豆に色とりどりの野菜と、鶏肉を入れたスープ。
仕事で各国を飛び回っている大叔母にとっては、このスープが恋しく感じられることが多々あるらしい。
このスープを口にして、ようやく自国に帰ってきたと言う気がすると良く言っている。
「分かったわ。料理人にそのように伝えるわね」
「ここのお屋敷のお食事は、いつ来ても美味しいわね。各国、色々美味しいとされる料理があるけれど、私が一番大好きなのは、バリアン男爵家のお豆スープよ」
「それを聞いたら料理人が喜びますわ」
キャトリンヌは他国の料理よりも、ここの屋敷で出されるスープの方が美味しいと言ってくれた。舌が肥えているキャトリンヌの言葉だ。年配の料理長は、泣いて嬉しがるどころか、鼻歌を歌い出しそうな気がした。
その晩のバリアン男爵家は、キャトリンヌを客人に迎えたことで華やいだ。ジネベラは学園が長期休暇に入ったことで、大叔母さまと話し込み、少しだけ夜更かしする事になった。
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