第11話・お人形さんのようなご令嬢


「あなたがバリアン男爵令嬢かしら? ちょっと宜しい?」


 翌日の昼休み時間。ジネベラは「今日こそバーノと一緒にお昼を」と、思い、殿下達が迎えに来る前にと急いで昇降口に向かった所を、向こう側から歩いて来た一人の女子生徒に呼び止められた。彼女は目鼻立ちのはっきりした金髪に青い目をした美少女で、白磁のような染み一つない美しい肌の持ち主だった。

まるでお人形さんみたいだと思っていると、彼女は睨み付けてきた。


「あなた、どういうおつもり? たかが男爵令嬢の身分で、アヴェリーノ殿下に言い寄っているそうね?」

「別にわたしは言い寄ってなど……」


 お人形さんは性格に難がありそうだった。貴族階級社会で上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と続き、男爵はその中で一番下の階級。でも、初対面の相手に「たかが」と、見下される存在でもないはずだ。


 ジネベラは内心、ムッとした。


「言い訳は止して。殿下の方から言い寄っているとでも言いたいのでしょう? でも、それならどうしてあなたの方からお断りしないの?」


 彼女は目をつり上げ、ジネベラをあからさまに非難してくる。自分のことを良く知りもしない相手から一方的に、責められるのは気分が悪かった。


「何度かお断りはしています。殿下からのお誘いなんて恐れ多いですから……」

「それならなぜ、殿下はあなたに構うの?」


 それはジネベラの方が知りたい。見た目が変わる前は無視されるか、隅に追いやられるかの存在だったのだから。


「知りません。でも飽きるのは早いと思います」

「……?」

「わたしは口下手ですし、話していてもつまらないかと……」


 初対面にかかわらず絡んできた相手に、ジネベラは厄介なものを感じた。それでも殿下が自分に構うのはそう長くはないだろうと言えば、彼女溜飲を下げたようだった。


「あら。あなた、なかなか良く分かっているじゃない」


 相手が気を良くしたところで、元凶がお供二人を連れてやって来てしまった。


「ベラ! やっと会えた。そこにいるのはアンジェか。なぜ……、ここに?」

「ジネベラ。大丈夫か? このアンジェリーヌに何かされたのか?」

「まさかオロール公爵令嬢、バリアン男爵令嬢に何か言ったのか?」


 彼女と知り合いのようで、アヴェリーノ殿下は罰が悪そうな顔をした。殿下の乳兄弟のオラースや、ベヤールは険のある目を彼女に向けた。


 ジネベラは彼らの発言から、彼女がオロール公爵令嬢であると知りあ然とした。オロール公爵家と言えば、現国王の叔父にあたる御方が興した家で、筆頭公爵家でもある。

その貴族社会のトップに位置する公爵家のご令嬢を、伯爵子息でしか無いオラースと、ベヤールは批難した。


「あの、こちらの……オロール公爵令嬢には何もされていません。ただ話しをしていただけです」

「本当かい? 何か脅されていたのでは?」

「嫌味でも言われたんだろう? この女は性格が悪いからな」

「オロール公爵令嬢には、分からない事を教えてもらっただけです」


 これ以上の厄介ごとには見舞われたくない。バリアン男爵家は、父が幾ら王宮副薬師長という研究の面では権威があっても、貴族階級社会では一番下の階級。何かあれば潰されてしまいかねない。

 今思いだしたが、オロール公爵家のアンジェリーヌ嬢と言えば、当主の座を退いてからも、権力を持つ祖父に溺愛されていると聞く。その祖父さまは現在、王宮薬師長さまで、ジネベラの父親の上司でもある。


 その御方の下で働く父が、よくぼやいているのを聞かされていたジネベラは、父親の上司の孫である彼女の心証を悪くするわけにはいかなかった。

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