第3話・半年前にジネベラの身に起きた事


 半年前。あれは予告もなしに訪れた。しかも個人の身の上に。誰も予想していなかったことだ。


 異変が起きたのは、ランメルト国の賑やかな王都の片隅の小さな屋敷。そこには特権階級者としては人の良すぎるバリアン男爵と、その夫を支え屋敷の中を切り盛りするしっかり者の夫人、そしてそんな男爵夫妻を心優しい主人夫婦と慕い、仕える使用人達がいた。


 バリアン男爵夫妻は、屋敷に仕える使用人達とは距離が近く、皆が和気あいあいと過ごしている。その家庭的な環境で育ったジネベラは、16歳にして人生の岐路に立たされることになった。


「朝ですよ。お嬢さま。起きて下さい」

「ん……?」


 侍女のボーナが、いつものように部屋へ起こしに来てくれたときのこと。まだ眠い目を擦りながら、ベッドの上に半身起こそうとしたジネベラを、ボーナが驚愕した様子で見ていた。


「あの、あなたさまは……どなたで……?」

「どうしたの? ボーナ。わたしよ」


 信頼している侍女ボーナは、納得のいかない顔で見つめてきた。ボーナは、ジネベラより二つ年上。侍女頭の娘で根は真面目。その彼女に「あなたは誰ですか?」と、聞かれ、何を担いでいるのかと言いたくなったが、彼女の性格からして、主人の娘をからかうこと等あり得ない。彼女の態度に不審なものを覚えると、彼女は真剣に確認してきた。


「あなたさまは、ジネベラお嬢さまですよね?」

「そうよ。ボーナ。わたしよ。一体、どうしたというの?」


 ボーナは震え出した。


「お声は確かにお嬢さま。大変、早く旦那さまにお知らせしなくては……!!」

「あっ、ボーナ。ちょっとまって」


 慌てて部屋を飛び出して行く彼女の背を追い掛けようとして、ベッドから出たジネベラは、壁に掛けられた鏡を見て驚いた。


「これって……?」


 鏡の中には華やかなピンクの髪に、緑色の瞳をした少女が映っていた。両手で顔に触れると、鏡の中の少女も同じような仕草を取る。


 ジネベラは父親譲りの黒髪に、焦げ茶色の瞳をしたごく平凡な顔付きをしている。しかし、鏡に映る姿は髪色や瞳の色が変化したせいか、華やかな顔付きに見えた。


「これがわたし……?」 


 あ然としていると、ドヤドヤと足音をさせて、部屋にボーナに連れられた両親がやってきた。

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