第2話「怒られる私」

「■■■■ッ――」


 と。


 一瞬、何が起きたのか分からなかった。


 何か鉄などがかなりの勢いでぶつかった音がして。


 また声もしたと思う。


 声に驚いてか、何かは分からないけれど、びっくりして横に飛んだ。


 そして同時に。


「――!!」


 横薙ぎに人が一人、吹っ飛んで。


 勢いを殺せずに植木のところへと突っ込む。


 草と木が身体とぶつかって軋む音が響いた。


「え」


 いや、待ってくれ。脳がまだ状況を理解できていない。ええと? 落ち着こう。帰路に立っていたら? 人が飛んできて、植木に直撃した? 運動会のピストルを近くで撃たれた後の如く、耳にきいんと残響が残っている。残響、何の音だろう。


 頭は木に突っ込んでいるので見えないけれど、男。いや、男子生徒だろうか。学校の制服、いや、あれは、うちの制服だ。ということは、跳躍植木直撃人間の正体は、同じ薬師院高等学校の生徒ということだろうか。


「あっぶないわね! わ、私は知らないからな!」


 と、まあ近くで怒号が飛んできて、やっと私は現実に戻った。


 肥えた眼鏡の中年女性が、唾を飛ばしながら何かを口走っていた。車窓の中から。それで? その車の前方は若干凹んでいる。ははーん。成程、飛び出したあの男子がねられたとかそういう塩梅だろう。どうせ十対ゼロで車側が悪いことになるんだから、いちいち言い訳せずに素直に認めればいいものを、被害者ぶりやがって。や、抑えよう抑えよう。しかし、どうしたことか、中年女性は私に向かって言っていたのだった。「はあ」とか、「すみません」とか適当に誤魔化しても、何度も何度も言ってくる。面倒くさいな。だったら私を轢いてくれれば良かったのに。私をあの男子の知り合いにでも見えているのか。


貴方あなたねえ、死にたいの!? 本当気を付けなさいよ。こ、このこと、私は知らないから!」


 そうです死にたいんですよ。よく知ってますね。


 一つ一つ確認するように色々と唾と痰を飛ばした後で、中年女性はかなりのスピードで道から去っていった。ああいう輩は、いつまでも免許返納せずに若い芽を摘み取るんだろうなあ。じゃあ私もオサラバするとしよう。


「……あの、大丈夫ですか」


 かなり悩んだ。吹っ飛ばされた人に声をかけるか否か。死んでいたらそれまでだし、生きていて変に恩義を感じられても面倒臭い。友達なんて作ったら生きる希望が生まれてしまう。だけれど――自分の命なら兎も角、他人の命は、粗末には出来ないと思ってしまった。


 だから、声を掛けた。


 この選択が正しかったのか、間違っていたのか。


 今でも答えは分からない。




(続)

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