第21話


 情報システム課の扉をようやく見つけた。学務棟は数回しか行ったことがないから少し迷ってしまった。

 無機質な扉の脇にある装置に時計を翳して、室内へ入る。入ってすぐのところに来客用カウンターがあった。そこから事務室を覗くと端末機やデスク、椅子が等間隔に置かれている。そこの端に観葉植物や長椅子が横倒しにされ、バリケードが作られている一角があった。

「巧、そこに居るか?」

 息を呑む音が聞こえる。だが返事が無い。外が明るくなってきたとはいえ、見通しが悪く、姿を確認出来なかった。

 入り口近くの室内灯が点かないので、しょうがなく懐中電灯を気配がする方へ向けた。折り重なった障害物の隙間から真新しい室内履きの先っぽが見える。

「待って!光をこちらに向けないで!」

「やっぱり居った。何や、人のことを無視して。」

「懐中電灯を切って!」

 悲鳴に近い叫びだった。慌ててスイッチを切る。

「…あのね、ここのセキュリティシステムを書き換えたから外の防壁の解除が出来たよ。これで外をうろついている変異体をどうにかすれば外へ逃げられる。」

 不自然な沈黙のあと、誤魔化すように明るい声で説明を始める。

 一人でそんな大それたことが出来るとは思えない。きっと助けてくれた大人がいるはずだ。もしかしたら、それは先生だったのかもしれない。そう考えると巧の居場所を知っていたのも頷ける。

「…だからここに居ったんか。」

「うん。…その。僕は後で行くからさ。先に外へ逃げて。」

 語尾がだんだんと小さくなっていく。心細い気持ちが痛いほど伝わった。何かに怯えている。吉田はそれが、この異常事態に巻き込まれた事だけではないと思った。しかし何に怖がっているのか判らない。

「何で?一緒に行こうや。」

「ちょっと怪我しちゃって。足手纏いだし。後から行くよ。大丈夫。」

「怪我や発作なら、いつもの様に手を握れば良いやん。」

 心配になってバリケードに近づく。真面目で騙されやすく冗談を言う性格ではない。怪我をしているなら早く治さなければならない。

「いやだ!それ以上、近づくな!僕の事は放っといてよ!」

「は…?」

「僕はムクロなんだよ!?人間を捕食する人類の敵だ!」

「はあ?何を言って…。」

「皆、僕のことを殺そうとした!…死んで欲しくないから助けようとしただけなのに。僕は人間だよ。人間になりたかった。だから人間になった。なのに、どうして…。いつも何も変えられないんだよお…。」

「待てや。話が…。」

 言葉を最後まで発せられなかった。ようやく暗闇に目が慣れたおかげで長机の隙間から見えている巧の足が肌色ではないことに気が付いた。さっき一瞬、足元を光で照らした時は気が付かなかったが、青色だったような気がする。もし見間違いでなければ、これは中央病棟入り口の映像に映ったムクロと同じ色だった。

「お兄ちゃんは僕の能力を知っているでしょう。僕はね、ここで死ぬ。発作の時に見えたんだ。どんな選択をしても、この醜い姿のまま殺されてしまう。一緒に学校へ行けない。街に行って遊べない。だからもう放っておいてよ!!」

 よく目を凝らせば、物の隙間から変わり果てた醜い姿がはっきりと目に映る。彼は横向きに体育座りをして顔を伏せていた。右後頭部にある複数の目玉から涙が流れている。

 押し殺した嗚咽が聞こえた。

 異形に変わってしまった姿に驚いた。しかしそれとは別で何故か判らないが、泣き声を聴いているだけで腹が立つ。こんな風に悲劇のヒーローを気取り、全てを諦めて、何も動かない奴は大嫌いだ。口ばかりで何一つ努力せず、環境や周囲のせいにして不幸自慢をする。巧はそんな奴じゃなかった。どんなに苦しくても、前を向いてコツコツと挑戦する性格ではなかったのか。

 無言で長机を取り払った。相手が泣き喚こうが、暴言を吐こうが構わず近づいた。切っ先の鋭い尖った手に触れ、真っ直ぐ瞳を覗き込む。

「馬鹿やなと思てたけど、正真正銘の大馬鹿や。おおん?自分の手を、よく見てみんかい。」

「えっ…?」

 重なり合った手から蒼い光が溢れる。それは全身を巡り徐々に元の人間の姿に変えていった。あっという間に、まだ小さくて頼りない不健康そうな少年に戻る。

「ムクロ?人間?この世のどこに、こんな泣き虫で揶揄い甲斐があって世間知らずな奴が存在する?そんな些細な事で泣くな!お前はお前や。ドアホ!バーカ!バーカ!」

「お…お兄ちゃん…!」

 本格的に泣き始めた。とてもうるさいので、相手の顔を自分の肩につけ、空いている手で背中を叩く。腹の辺りの服をがっちり掴まれ、動けない。涙と鼻水でスティーブから借りた上着がぐしゃぐしゃになってしまった。

 先生がしてくれたように優しくは出来ないけど、出来る限りゆっくり頭を撫でつける。

「なあ、未来予知がどれくらいの精度か判らんけど俺と会える確率も低かったって言ってたやん。なら、こんな所でイジケて、アホみたいに泣くよりは動いてみようや。ここで怯えて殺されるのを待つより断然ええやないか。」

「うん。…うん。」

「運命なんて俺が変えたる。約束した!一緒に街へ行って、買い食いとナンパ。あと学校に行こう。可愛い女の子にもたくさん会う。な、この吉田君に任せとけ!」

「…うん。」

「少なくとも、あの姿のまま殺されるなんてことはなくなったな。ほら、俺のおかげ~。違うか?反論ならいつでも受け付ける。」

 わざとおどけて笑顔を見せた。目の前の相手もようやく微かに口角を上げる。痛々しいくらい不細工な泣き笑い顔だ。

「ありがとう、お兄ちゃん。」

「おう。もっとお礼言ってくれても、ええんやで。」

 なんだよ、それ。と巧は笑った。涙を拭いて立ち上がる。吉田は手を握り、入り口まで誘導した。待ち合わせ場所へ連れて行くつもりだ。

 部屋の中央に横たわる遺体を思い出して胃が痛む。巧はきっと辛いと思う。だが先生に巧を合わせなければ、先生の心が報われないような気がした。

 それに理事長室に入れ違いにならないよう、三十分待ってくれと書置きをして来た。大分、時間が経っているからモニカが痺れを切らしてこちらに来てしまうかもしれない。

 だが子供にも子供の矜持がある。あんまり異性に泣き顔なんて見られたくない。特にお世話になっている年上の女性には格好良いところを見て欲しいと願うものだ。

 二人は手を繋ぎ、朝焼け迫る空で彩られた廊下を敵に見つからないよう慎重に歩いた。


 

 少年たちが部屋に着く頃には、もう大人達が待っていた。研究棟に置いて来てしまったスティーブが居て、ほっと胸を撫で下ろす。モニカは、さっきまで泣いていたのか瞼の周辺が赤くなっていた。部屋の中に横たわる人物を確認したのだろう。じっと見ていたら、顔を逸らされる。

 念のため二人が決めた合言葉を言い合う。巧はちょっと変な顔をしたが、必要性を悟って何も言わなかった。

 先生の遺体を見ると案の定、巧は悔しそうに唇を噛み、俯いた。大粒の涙が再び床を濡らす。当たり前だ。あんなに慕っていた人だ。目に入れても痛くないほど可愛がられていたのは周囲の人々は殆ど知っている。

目を閉じて最後の挨拶をしている最中に甲高い耳鳴りが外から聞こえた。

「ほう。外の奴ら、気が付いたな。」

「何?今のは。」

「誘導音。知能のない変異体は音で敵を判別する。病院の周囲の敵を一か所に集めて攻撃するつもりだ。少ない情報で、こんな好判断ができるとは…外には頭の良い指揮官がいるようだ。」

 何処からか調達した銃に弾を込めて、そう呟いた。隣でモニカが腕を組み、ふんと鼻を鳴らす。

 何だか、この二人組はあまり仲が宜しくないようだ。知っていたけど。それにしても、どうして急に協力する気になったのだろう。大人ってホンマ怖いわ。掌を返すのが速い。

 巧は先生に手を合わせた後、振り返ってギスギスした大人達を振り返った。

 一瞬、吉田を抜かした三人の間で張り詰めた空気が流れる。慌てて真ん中に入り、年下の少年の前に立って、その姿を隠した。

「あ、おっさん。俺の弟や。吉田巧。似てへんねやろ。」

「弟?」

「そう。聞くも涙、語るも涙の物語があったんや。今、すごく言いたいねんけど時間無いから今度な。」

 お願いだから空気を読んで、そっとしておいてくれと心の中で手を合わせる。前方にいる大人は肩をすくめた。そして少年の頭に手をのせ、髪をかき混ぜる。

「大丈夫。信用出来ないかもしれないが、君が危惧しているようなことはしない。俺は自分のために、この場にいる全員を守る。それだけだ。」

 少し微笑みながら、そんな事を言う。何故か自分の倍以上の身長があるこの男性に、吹けば飛ぶような儚さを感じた。じんわりと不安が心の中に広がる。

 モニカはその言葉であからさまにほっとした表情を見せた。よく分からないが、一応協力してくれるようだ。手負いとはいえ、銃の扱いに長けた大人が味方につくのは、とても有り難い。

 後ろで巧が自分の背中にちょんと軽く拳を当てる。囁き声でありがとう、とお礼を言われた。うん、全然構わないけど。実は背中がすごく痛い。怪我しているって伝えなかったから、今回は何も言わないが後で憶えておけよ。また目の前でお前の好物をバリバリ食べてやる。

 しょうもないことを考えていたら、話題は脱出方法に移っていた。

 現在四人が居る学務・教育棟を含め、実験棟以外の建物は全て渡り廊下で繋がっている。今、誘導音が聞こえたのは異研の方面だ。スティーブの予測が正しければ、そこには異変を感じ取り、救援活動をしている外の人達が罠を張っている。つまりそこから森へ抜ける道はもう使えない。

 外を見ていたが、あまりに多すぎて黒い塊にしか見えない。何処からこんなに沸いて出たのか判らないが、病院施設内外にいる無数の変異体が群れを成して殺到していた。あそこへ行くのは自殺行為だ。

 そうすると時計回りに各棟を渡り、中央病棟の前にある市街地へ続く橋へ向かう方が現実的だという結論になった。

 また他に生存者が残っている。もし可能ならば一緒に行動して貰いたいが、これはかなり難しい。お互いに敵味方の区別がつかない。生命の危機に瀕していない限り人間の姿をしていても、なるべく避けて出口へ向かうことになった。

「子供達は真ん中。俺は先頭を走る。君は殿を守ってくれ。」

「ちょっと待ってよ。それだと貴方に誘導される。そこまで信用できないわ。」

「俺が最後尾に回ったら、子供達の背後に居ることになる。君は耐えられるのか?」

「…分かった。だけど、もしおかしな素振りを見せたら私は迷わず、引き金を弾くから。」

「それがいいな。お互いにとって。」

 彼女の挑発的な視線を寄越されても皮肉げに笑う。不和の気配を察知したので、吉田は話を逸らした。

「あのさ。俺を病院に引き込んだ、あのムクロの対処はどうする?絶対に邪魔して来そうやん。」

 彼は腕を組んだ。ゆっくりと首を振り溜息をつく。

「どうにもならない。俺達は明らかに装備不足。戦える人数も限られている。それに止めを刺せる攻撃型の異能者もいない。尻尾を巻いて逃げるしかないな。」

「まあ、その時になったら大人に任せておきなさい。心配しないの!私も、こいつも結構強いのよ。」

「…え、で、でも。」

「さて質問がもう無いなら行こう。少人数の利点は小回りが利くことだ。」

 四人は同時に頷いた。理事長室の扉を開けて、外へ出る。耳障りな爆発音や金切り声が遠くから聞こえる。外で戦闘が始まっているならば、そちらに敵が集中している内に脱出できなければ意味が無い。目的地に向かって走り出した。

 学務教育棟から第二病棟(旧名・東病棟)へ移動する。不気味な静けさの中、四人の足音だけが廊下に響き渡る。

 靴音が響く度に敵が角から出てくるのではないかと不安でしょうがない。四人の間に張り詰めた空気が流れている。

 周囲を警戒し、走っては止まるを繰り返す。

 ようやく中央病棟まで戻ってきた時には、過度な運動と緊張で汗が止まらなくなってしまった。

 ふと流れる景色を見て気が付いた。転がっていた遺体が無くなっている。

 不審に思い、そちらばかりに気を取られていたせいで、急に立ち止まったスティーブの足に顔面をぶつけてしまった。思わず文句を言うために口を開こうとするが、すぐに押し黙る。

 前方にムクロの姿が見えたからだ。

 不気味な笑い声を上げて、人間達の体の線を舐めまわすように見ている。

「そんなに急いで何処へ行くの?もうちょっと遊んで行けば良いのに。ねえ、父さん。ヘンゼルは僕の獲物だよ。横取りするなんて酷いじゃないか。」

 吉田の後ろにいた巧は一歩前へ出て、大きな声で怒鳴った。

「違う!僕は人間だ。ムクロじゃない!ましてや君の父さんでもない!」

「はいはい。遺伝子上では僕の親だよ。それとも何かい。末子と一緒に三人も食べるの?それなら、そのガタイの良い人間を分けて欲しいな。少なくともヘンゼルよりは肉がある。」

 にやにやと笑う怪物を尻目に、スティーブは後ろにいる三人にだけ聞こえるよう、声を潜めた。

「先に行け。階段を下りれば正面玄関はすぐだ。」

「でも…。おっさんは異能者ちゃうで。そんなことしたら…。」

「良いから行け。同じ事を二度は言わないって言っただろ。俺に任せろ。モニカ!」

「名前で呼ばれる筋合いもないわ。行くわよ、二人とも。」

 静かな声で不本意だと告げた後、すぐに子供達の腕を取り、階段へと走った。

すぐに追いかけようとしたムクロの前に銃を持った男が立ちはだかる。

「ふふふ。獲物が葱を背負って転がり込んで来た。良いよ。君のような人間は大好きだ。一緒に遊ぼう!待っていてくれ、ヘンゼル。次は君の番だ。」

「息が臭くてかなわないから、その薄汚い口を閉じろ。今、ここで思い知らせてやる。」

 重たい銃声が何発も聞こえた。耳を劈く笑い声が木霊する。

 四人があそこに留まっていたら全滅は免れない。戦闘慣れしている人間が残るのも判る。

 判っていても何の役にも立てないのが悔しい。俺が大人だったら。せめて攻撃できる能力を持っていたら加勢できるのに。これでは見捨てているようなものだ。

 死んで欲しく無い。おじちゃんみたいに見る影もない無残な姿になって欲しくなかった。だから先生のいる部屋から動く前にも、治療をして欲しいと駄々をこねたのに。これでは全く意味がない。

 引き返したくて後ろを見ていると、前を見たままのモニカが話しかけて来る。

「大丈夫。憎まれっ子世に憚るっていうでしょ。あいつは多分死なないわ。とっても癪だけど。」

 子供達を庇うように先頭で道を誘導する。背後の戦闘から遠ざかり、一階を真っ直ぐに駆け抜けた。出口までもうすぐだ。

不思議な事に血だまりや銃痕はあるものの、来た時とは様子が異なり、遺体の山が無くなっている。

 受付や精算機のあるエントランスまで来た。自動ドアは開いている。しかしその前に武装した女が立っていた。

 その女は警告なしに此方に銃口を向け、発砲した。攻撃に気が付いた子供達が咄嗟にモニカを機械が立ち並ぶ障害物の多いエリアに引っ張った。

 銃弾が受付のデスクや精算機を破壊していく。相手は機関銃を持っているらしい。物陰から相手の様子を伺う。人形のように何の感情も見せない顔が不気味だ。

 絶体絶命だった。敵は三人が逃げ込んだ場所を見られていた。無表情のまま、こちらへゆっくり近づいて来ている。

 巧は吉田の右手をぎゅっと掴んだ。心なしか震えている。

 まさか、ここで死んでしまうのだろうか。この場で三人とも。出口は目と鼻の先なのに。

不安のあまり俯いた。胸が押しつぶされるような感覚だ。足からだんだんと恐怖が這い上がる。

 駄目だ。俺がしっかりしないと。年下の前で弱気になってはいけない。不安とは伝播してしまう。巧に何とかすると約束した。死んでしまった先生のためにも、必ず外へ連れ出さなければ。

 そんな心情を知ってか知らずか、この場で唯一の大人が肩をすくめ、余裕の表情で子供達に命令した。

「敵は私が引き付ける。先に逃げなさい。街へ行って、応援を呼んできて。」

「姉やんまで、何言ってる!」

「嫌だよ。モニカさん。一緒に行こう。そんなことしたら死んじゃうよ。」

「巧君。貴方に謝りたかった。折角庇ってくれたのに失礼な態度を取ってごめんね。本当にありがとう。貴方は私の命の恩人よ。」

「そんな…、そんなこと気にしてないよ!」

「外へ行ったら石井准教授を頼って。恐らく事情を全て知っているから上手くとりなしてくれるはず。」

「姉やん!」

「嫌だってば。そんな遺言みたいなこと言わないで!」

 騒いでいる子供達に目もくれず、モニカは持っていた拳銃に弾を込め、敵を睨みつけた。

「何で私が死ぬ前提なのよ。失礼な。あいつはこの拳で一発殴ってやりたいだけよ。いい?男はね無暗に女のタイマンに口を出さない。それとも私が信じられないっての?」

 後方から大きな爆発音が聞こえた。つい先ほど遭遇したムクロの笑い声と銃声が近づいてくる。

 あいつ、しくじったわね!と毒づいた。そして今度こそ目を合わせて、二人の頭を掻き回した。思わず頭に置かれた手を振り払い、子供達は顔を見上げる。

彼女は笑っていた。その顔に動揺は一切見られない。もう覚悟を決めているようだ。二人にはもう何も言えなかった。この三年間で目の前の大人の頑固さを知っている。一度、決めたらテコでも動かない。本気で自分が囮になるつもりだ。

「私が飛び出した後に別方向から出口へ向かいなさい。後ろは絶対に振り返らないで。分かった?」

 少年達は両手をきつく握る。それから少しの逡巡のあとに何も言わずに頷いた。

 敵の足音と気配が近づいてくる。モニカは目をギラギラさせた。

 そして落ちていた壁の破片を遠くへ飛ばす。破片が落ちた場所に気を取られている隙に彼女は敵に足払いをした。予期せぬ反撃に対応できず、前のめりになった瞬間に思い切り顔面を殴り飛ばす。

 その隙に二人は脇から飛び出した。吉田が巧の手を握り、先頭を切って走り出す。

 あらゆる事が同時に起こった。

 後方ではムクロによって、エントランスまで吹き飛ばされたスティーブがモニカの近くで地面に叩き付けられていた。丁度、彼が怪我をしていた部分にあたり呻き声を上げる。

 一方モニカは敵に近づき、みぞおちに一発入れようとする。しかし相手が能力を発動させ、頭部目がけて、水色の細い粒を浴びせかけられた。

 腕を交差させて頭を庇う。前から強い衝撃を感じた。体勢を崩し、床に尻餅をつく。恐る恐る目を開けると光り輝く透明な壁が目の前にあった。

(立って。次が来る!)

 前方に完全武装のイカれた女、後方には大量殺人鬼のクリーチャーがいた。

袋のネズミだ。とてもじゃないが無事で居られそうもない。横で暫定的に味方になった男も傷口が痛いのだろう。すぐに立ち上がれず片膝を立てている。

 心なしか時間がゆっくりと流れ出す。酷い緊張で頭が混乱しているのかもしれない。立ち上がり、拳銃を構える腕がスローモーションのように感じられた。

 女は、こちらに向けている掌を出口のドアへ向けた。その先には一心不乱に出口へ走る子供達が見える。

 まさかと思った時は、もう遅かった。

 敵の能力によって創り出された凶弾は、いとも容易く彼女が命を懸けて守りたかった少年達を貫いた。

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