第15話 愛の告白

 次の日、私と岩瀬さんは揃って目を真っ赤に晴らして出勤した。主任や皆がそれとなく聞いてくるので、別に喧嘩をしたわけじゃないと分かる言い方を遠回しに答えた。


 丸山君は……いない。


 すると、車が止まる音がして、彼がやって来た。


〈少し時間を下さい〉


 そう書かれた紙を主任が読んで、皆が事務室に入る。きょろきょろしている片岡君を岩瀬さんが引っ張って、私たちはカウンターで二人になった。


 彼は紙に何か書き始めたので、それを制した。


〈あなたに謝らければいけないことがあるの〉


 丸山君がきょとんした。


〈わたし、不眠症の薬を飲んでるの。だから、自分ではなかなかどうしようもないことを笑う言葉が許せなかった。あなたを傷つける言葉に自分を重ねていなかったと言ったら大ウソになる。そのことを黙っていてごめん〉


 でもね、と走り書きしてこう書き続けた。


〈でもね、だからって、あなたとお互いの傷を舐め合いたくはない。あなたはとても綺麗にブックコートができるし、それにとっても格好いいよ。顔だけじゃなくて、どんな時に穏やかにほほ笑むことができるその強さが〉


 彼もペンを紙に走らせる。


〈僕はずっと自分が嫌いだった。そのままの姿で受け入れてくれる人なんていないって、膝を抱えて座り込んでいたんだ。それに手を差し伸べてくれたのは君だ。そして、こうも思う〉


 私は彼の、続きを待った。


〈僕たちのハンデが特別なだけで、誰もがきっと何か人には言えない苦しみを抱えている。でも、すべて理解することが出来なくても傍にいることは出来るはずだ〉


 私は書く。


〈もっとお互いの話をしようよ。きれいじゃなくても、みっともなくても〉


 彼も書く。


〈ずっと言いたいことがあった〉


〈教えてほしい〉


 彼の筆が止まった。私は書くことを止めて、彼に叫んだ。


「頑張れ!」


 もしかしたら今この声は聴こえないかもしれない。でも、聴こえなくても、届くはずだ。彼は頷いた。そして初めて口を開いた。


「僕は……あなたのことが好きです」


 まるで中学生が英語の例文を和訳したくらい、洒落っ気のない言葉。これじゃまるで文章だ。声も想像していたよりほんの少しだけ野太い。でも、でも……


「言葉はいらな……」


 思わず声がこぼれた私を、彼がぎゅっと抱きしめた。一文字も、一言も使わなかったけれど、何もかもが伝わった気がした。

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