第14話 今から、走る
「じゃあさ、話ついでに俺も告白しちゃっていいかい?」
岩瀬さんも私もズッコケた。
「あんたも喋るの?」
「今度は片岡君?」
そう言いながらも、私はうつむきながら堪えていた。チラッと目をやると、岩瀬さんも同じ表情で笑いを押し殺している。
「あ、また今度にしようか。何か、ごめんね。俺の話は止そう」
二人して目を合わせ、吹き出してしまった。
「そこまで言うなら話してよ!」
「もう好きにしなよ!」
片岡君は頷くと、遠い目をして海を眺めた。
「おれ、自分のことばっかり考えてるんだ」
「それは知ってるから」
「結構、分かりやすく出てるよ」
え、と呟く片岡君の背中をテニスのスマッシュのように岩瀬さんが叩いた。
「もう、いいから喋っちゃえよ」
頷いた片岡君が、間延びした声を出す。
「ずーっと、どうでもいい話してるじゃん、俺って。妹が学年テストで1位取った時にイタリアンに言った話、作った川柳が県の広報誌に掲載された話、お母さんが見た目より10歳若く見られて喜んでるのを『喜んでいるでしょ』って何度も言ってガチギレされた話。どれもさ、もう15年以上前の話なんだよね」
空の缶コーヒーを持て余していたので、私が受け取った。
「昔いじめられてから、何か更に上手くいかなくて。過去に囚われてばっかり。それで過去の自分語り。でも結局さ、自分の話ばかりしたいってことは自分のこと大好きにして大嫌いなんだよね。で、その自分を守るために更にその自分を守り、そんな自分を嫌いになって、その自分をって……さ。終わりのない地獄だよ」
「自分って5回以上くらい言ったね」
私が言うと、岩瀬さんはボソッと呟く。
「自分マトリョーシカ」
「だからさ、俺、この本持ち歩いてるの」
片岡君は『サッカー日本代表選手に学ぶ成功に導く100の言葉 2016年版』という本を取り出した。ブックオフの「200円(220円)」のシールが貼られたままで、レシートが栞代わりになっている。
「好きだよねえ、サッカー」
「ブックオフのシールくらい剝がしなよ。レシートが栞とかマジで貧乏くさいわ」
いやあ、と何故か照れる片岡君は、その本の名言を朗読し始めた。内田篤人とか、本田圭佑とか、長友佑都とか、私でも知っている、少し前の選手たちの言葉だ。
「『とにかく自分が先に笑って周りを笑顔にする。結局、笑顔で全然違ってくるんですよね。』長友佑都」
「そういえば、あんた急にニヤニヤした時期あったよね。9月に辞めた宮脇さんが「私が薄着だからかなあ」って不安そうだったよ」
「『黙々と、淡々とやればいいんですよ』内田篤人」
「「黙々とがんばります」って宣言うるさかったわ」
「『24時間中24時間以上考えないとダメ。』本田圭佑」
「25時間頑張るとか言い出すから算数勉強して来いって思ってたんですけど」
「『やるべきことをやってから、別の道を探したい。』遠藤保仁」
「主任が『今は人手が足りないから辞められても困る』って悩んでたの知らないでしょ」
「そういえば、急に名言っぽいこと言うなあとは私も思ってた」
そう言った私に片岡君が頷く。
「それが変なのは知ってるよ。痛い奴だってことも分かってる。でもさ、『自分のことが嫌いです』って逃げて何もしないのは一番ズルいと思うんだ」
自分のことが嫌いです、逃げるのはズルい。いろんな言葉が優しい感触で私に刺さる。波の音は聴き飽きていたはずなのに、私を包む。
「かといってもさ、『ありのままの自分を受け入れる』のも『自然体でいる』のも難しかった。てか、それができるなら初めから七転八倒しないわけだし。そしたらもう、無理やりにでも自分を好きになるふりするしかなくない?面倒くさい自分をちょっとでも前に進めて、花丸つけてやって、ちょっとでも騙すんだよ。『俺、結構自分のこと嫌いじゃないわ』って」
意図的に道化を演じている上に本当にボケているところがあると決めつけていた。片岡君もいろいろ悩むこともそりゃあるよな、言わないだけだよな、そう思った。
「いつか、心から嬉しい言葉が自分の口から出るように、俺は大好きなサッカー選手の名言をお借りする。そんで、今から逃げないようにすれば、ひとまず明日は来てくれる。そんな感じで頑張ろうと思うよ。ん?ごめん、自分でも何言ってるのか分からなくなってきた」
「言いたいことは伝わったよ」
そういう私の隣で岩瀬さんも本当に微かに頷いた、少なくともそう見えた。
岩瀬さんもこんなにつらいことを打ち明けてくれた。片岡君だって目の前から逃げずに闘っている。私は、王子……違う、丸山光君に甘えて、美化して、自分のことは棚に上げて彼を責めた。やり直せるのかな……やり直したい。
「やり直すとかない、って言ってたな」
見透かしたのだろうか。偶然か。岩瀬さんがボソッと呟いた。
「やり直す、じゃない。今からまた走るって。久しぶりに実家に帰った時にお兄ちゃんが言ってた。また駅伝やるんだって。馬鹿みたい」
私と目を合わせずそう呟く岩瀬さんの目線の先で、片岡君が栞に使っていたレシートが風で吹き飛ばされて、漁港の向こう側にあるさざ波に吞み込まれた。
「あー、逃げてっちゃった……まあいいか、この世の終わりじゃあるまいし」
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