第12話 美和さんと航との思い出と今

 帰宅すると、お義母さんが驚いた顔した。


「瞳ちゃん、どうしたの?」

「おかあさん」

「うん」

「あのね、私、大切な人を傷つけてた」

「うん」

「そのことに気付いてなかった」

「うん」

「今はそれしか言えない」

「大丈夫よ」


 お義母さんは私を抱きしめた。


「私も似た経験あるからわかるよ。辛いよね」


 でもね、そう続けた。


「それは離婚したことがあるとか関係ないの。人ってそうやってすぐ誰かを何かに括り付けて安心したがるけどね、そんな簡単なことじゃないの。その人の傷はその人のものでいいのよ。他の誰のものでもないの。だからあなたの今の気持ちはあなただけのものよ」


 私は今の母親の胸の中でわんわん泣き続けた。



 初めてお母さん、美和さんと航に会った時のこと。


「初めまして。藤崎美和です」


「航でーす」


 受け入れる気ゼロの私が最初に食卓に着いた時、美和さんはカレーを作ってくれた。父は、私のお母さんの得意料理がハンバーグだと説明したのかな。ハンバーグだったらグレてやる、と思っていたのでほっとした。


「航君はクラブ活動が卓球だっけ」


 そう聞く父に航が答えた。


「はい!卓球部という名の別名・幽霊部です。副部長と言っても中間管理職です。アニメの話で盛り上げてからラリーに誘うんです」


「へえ、アニメ好きの卓球部ね」


 私が冷ややかに話すと、航が言った。


「アニメ好き、うちのクラスに多いよ。卓球部は3番目に部員多いし」


「おい、瞳」


 父に諭されて私は言い募った。


「世代だよねー、私の頃と違って、オタクとか普通だし、卓球も?なんかオリンピックでメダル取った人がいて人気とか……」


「そうじゃないよ」


 航は、初めて真剣な顔をした。


「世代とか、イメージの変化とかじゃない。アニメは面白いし、卓球も楽しいよ」


 顔が熱くなって、黙って箸を動かしていると、航が言った。


「ところで姉貴、リビングに置いてあったカバンだけど、コジコジのマスコット付けてたね。観てたの?アニメの『コジコジ』」


「うん……」


「姉貴もアニメ好きじゃん。1話観た?俺、名前書き忘れて担任にマイナス5点、本当につけられたよ」


 私は自分がアニメオタクだということに勝手に恥ずかしさを感じていたから、こうやって話題を振ってくれる新しい弟にかなわないとその時から思っていた。


 名前さえ書き間違えなければ、航は92点だったらしい。でもその日の食卓では、航も美和さんもそのことは言わなかった。



 美和さんと紅茶を飲んでいると、卓球のラケットでピンポン玉をトントン、上に突きながら航が返ってきた。


「ういーす」


「ああ」


 間の抜けた声で返答する私に航はピンポン玉を打ってきた。


「あっぶな……」

「大丈夫、受け取れるギリギリの速さだから」

「何であんたにそんなの分かるのよ」

「家族だからね~」

「……うん」


 思いもよらない変化球に言葉が詰まると、航が言った。


「何か、家の近くに見たことある二人組いたよ」 



 そう言って間もなくチャイムが鳴った。航が取り次ぎに行って、声が聞こえる。片岡君の大声も。


「瞳ちゃん、行ってらっしゃい」


 美和さんに促され、テッシュで目元を拭いてからリビングを出た。主任かな、と思い玄関に行くと硬直した。そこにいたのは片岡君と岩瀬さんだったのだ。


「外」


 目も合わせず、ぶっきらぼうに岩瀬さんは言う。すこし慌てた片岡君が付け足した。


「ちょっと出かけない?岩瀬さんと綾瀬さんと俺と三人で」


 航とお母さんの顔を見たら、二人とも頷いていた。


 よく似た二重の目を四つ見る。本当は、私は二人のことが羨ましかったんだ。

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