第11話 王子と破局!?
図書館、開館前。昨晩の誓いで取り出さないものの、ずっと棚から見ていた『キュンとしちゃダメですか?』の背表紙を見ながら回してもじもじしていると「あー、この本、この本」と言って取り出した片岡君にぶつかった。
「ごめん、大丈夫っすか?」
「そんなでもないよ」
本当は結構痛かったけれど、動揺もあり平気な顔をした。まさか片岡君が『キュンとしちゃだめですか?』を取り出すとは。でも片岡君、女子人気の高い本を毎週借りてるんだよなぁ。
すると、片岡君が本を落とした。
そこに王子がやって来た。タイトルを見ている。私が落としたと思ったらしい。こちらに微笑んで、タブレットをエプロンから取り出した。こう書いてある。
『君の瞳に乾杯』
その時、私の中の違和感がキャパを超えた。
自分の言葉で喋ってよ。あなたの声を聴かせてよ。
声が聴こえないこともあるのかもしれない。話したくないことも仕方ない。でも、あなたの心の内が知りたいのに、このままじゃいつまでも私たちは、借りてきた言葉を引用するだけのカップル予備軍にしかなれない。
私は自分のことを棚に上げ、こう書き殴った。
〈もう、やめない?こういうこと〉
近くにあったメモ用紙に殴り書きして渡すと、王子の色白い顔に青がさした。
〈あなたの気持ちを言葉にしてよ〉
あたふたと本を探しに行こうとし始めたので、腕をつかんだ。
〈急にごめん〉
そう書いて渡しても、王子は泣きそうな顔をして、やがてメモ書きに走り書きした。
〈ごめん、情けない男で〉
なんかもう、彼へのもどかしさと自己嫌悪でいっぱいになって、思わず殴り書きした。
〈私の王子さまはそんな人だったの?〉
〈僕は王子なんかじゃない〉
〈じゃあ何なの?〉
彼は児童書の棚に駆け出した。そしてそこそこ大きな本をカウンターに叩きつけた。
『残念ないきもの事典』
私もさすがに呆れて、書き殴った。
〈もう、やめようか〉
すると彼は、文庫本を取り出した。
『さよなら、手をつなごう』
そして、作者名を何度も指さした。中村航、この下の方ばかり……航!?弟の話は時々していたけれど、まさか嫉妬していたとは知らなかった。
〈弟だよ!?〉
〈でも血はつながってない〉
〈私がどんなに辛かったか。それに気づいて寄り添ってくれたならそんな思い違いなんてしない〉
すると彼は、コピー機のトレイを開けて、長文を書き殴っていた。見たことのない形相で、私も片岡君もおののいていた。
書き終わった後、彼はバッグを抱えて走っていった。聴力ハンデの症状が出た可能性に気づいた主任が走って追いかけていった。
〈気づかないわけないだろう。僕のことを馬鹿にする人の表情、笑い方、口の動かし方。ずっと昔からそうだったんだ。僕はストレス性の聴力障碍でいじめを受けた。するともっと声が聴こえなくなった。もっとひとりぼっちになった〉
A4サイズの紙に彼の本音がある。
〈ずっと分かってたんだ。そう言った視線に笑い返しているしかなかった自分に。それをかばってくれた君の心がどれだけ嬉しかったか、勇気づけられたんだ。その声ははっきりと聴こえた。君がいてくれたから今日まで続けられた。でも……情けない男で本当にごめん〉
どんなに殴り書きしても端正な字のままだった。カウンターに置き去りになっていた『さよなら、手をつなごう』のさよなら、ばかりが目に付く。
こんなむき出しの彼は初めてだ。でも、初めて本音をさらけ出してくれた。
それをさせなかったのは、私だ。王子のように崇拝して、字がうまいとか神格化して。ずっと筆談してきたんだから字をうまいのは当然じゃないか。
顔が曇った彼が浮かぶ。私が彼を追い詰めた。自分だってどこかで聞きかじった言葉で澄ました顔をしているのに。
最低なのは、私だ。
「綾瀬さん、今日休む?」
副主任が声をかけて、私は首を振った。ここで仕事まで逃げたら、私はどうしようもない。黙って丸山君の持ち出した『残念ないきもの事典』を棚に戻すと、隣に続編があるのを見つけた。
『とことん残念ないきもの事典』
今の自分かもしれない。すると、後ろを振り向くと、中学生のスポーツ刈りの男の子がいた。私の母校と同じ制服を着ている。そうか、もう開室してるんだ。
「すいません!もうすぐ年度末なんで、読書感想文の本探してるんです」
「うん」
私は頷いた。
「目星はついてる?」
「はい!」
男の子ははきはきとしゃべった。
「『人間失格』です!」
少しよろめいた私に男の子が驚いて、遠くから岩瀬さんの声がした。
「あのさ、今まで迷惑かけたし……もう今日は帰りなよ。いっつも私……いつもさ、うん、帰りな」
岩瀬さんに初めて優しくされて、久しぶりに涙が少し出た。
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