第8話 騎士《ナイト》→王子のおかげで……

 年明け以来、丸山君は私の騎士ナイトになってくれた。一人でいるときは傍にいてくれた。本当にただ傍にいるだけなんだけれど、そのことが私には嬉しかった。


 そして、私たちの間で図書館ならではのちょっとした遊びが始まった。


 きっかけは、私がいつものお礼にペットボトルの温かいお茶を奢ったことに始まる。お金を支払う、支払わないの押し問答があった末に私は彼の顔を見つめ直した。


 こんなこと言ってる場合じゃないけど、王子様フェイスがすっごいタイプ。気を取り直して丸山君に筆談をする。


〈大丈夫だよ、これくらい。その方が私も楽だな〉

〈でも…〉


 そこまで書いて筆談がもどかしくなってきたのか、彼は休憩中に借りていた文庫本を取り出した。


『これは経費で落ちません!』


 一瞬呑み込めず間が空いてから、二人で笑った。


〈久しぶりに笑ったね〉


 そう書かれた端正な字を読む刹那、私の心の中で彼の呼び名は「王子」になっていた。


〈筆談楽しい。ありがとうね〉

〈僕も。話せるのが嬉しいです〉


 今のところ、激情した時に「こんなに素敵な人」といったことは伝わっていないと思おうと言い聞かせた。自分のことは棚に上げてイケメンに弱い私は、頬を緩ませて彼にこう書く。


〈本当に字が上手いんだね!素敵な字〉


 すると、少し彼の顔が曇った。


〈あ、いや!弟に似ている字でさ!弟っていうかあの弟じゃないんだけどえっと〉


 焦っていると、片岡君が空気も読まず叫んだ。


「最近、二人仲がいいっすね!いやー、羨ましいです。これでも俺、彼女募集中なんすよ」


 職場の皆が一斉に小野寺君を睨む。私がしばらくして薄い文庫本を持って王子に渡した。


『優しくって少しばか』


 彼は微笑み、休憩時間に二冊持ってきた。


『不適切にもほどがある!』


 普段通りに話してくれる彼に言い過ぎだ、と伝えたいのだろう。


〈あなたなら何て言う?〉


 そうメモ書きすると、次の空き時間にまた本を持ってきた。


『あの子は優しい。気づいたあなたもきっと優しい。』


 思わず声をあげて笑ってしまった。他の司書の女性陣がこちらを見ている。

 思ったより私が堪えていないこと、度を越した陰口が主任づてに報告され、本社から岩瀬さんに注意が行ったことも大きい。いくら多数派とはいえ、このまま事を荒立てなくない気持ちも伝わってきた。


 そのうち、片岡君も「タイトル引用ゲーム」に参加したいと言い出し、しょっぱなからなぜか私達ではなく主任に、本をかざした。


『あ、「やりがい」とかいらないんで、とりあえず残業代ください。』


 副主任に胸ぐらを掴まれてから、職場の皆がこらえきれなくなって苦笑が漏れた(後で利用者から「何かあったんですか?」とクレームではなく心配の問い合わせが来た)。今までの針のむしろも、どうにかいられる雰囲気にはなった。


『おもしろい話、集めました』という児童書を見せた後、王子はバンド・いきものがかりのCD『ありがとう』を持ってきてくれた。


 もちろんやりとりに時間差はあるけれど、そこがもどかしくて、くすぐったくて、昔少しだけ仲良くなれた男の子への気持ちを思い出し、思いの募る相手だけ彼が塗り替えてくれた。


 片岡君は相変わらずで、あと6日で誕生日だ!と叫んだ後に『CAN YOU CELEBRATE?』のシングル盤を見せて回って、数名の司書から本当に軽い蹴りを入れられていた。


 ビートルズの『HELP!』を頭にかざして騒ぐので、王子は私の裾を引っ張った。


〈助けてほしいらしい〉とメモ書きすると、彼は駆け出して、映画のDVDと古い文庫本を携えてきた。


『きっとだいじょうぶ』


 私の大好きなインド映画だ。

 そして、平成初頭世代には懐かしい名著を取り出した。


『だからあなたも生き抜いて』


 王子に微笑みかけながらも、私はずっと、棚から取り出せないでいるエッセイ集のタイトルを思い浮かべた。


『キュンとしちゃダメですか?』


 でも、それと同時に疑問も浮かんでいた。

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