第1話 旦那様のいない花嫁行列

   ◇◇◇


 くに桜和おうわ、時を明正みょうしょう

 華々しく西欧の文明が生活を彩り、街には浪漫の花が咲く時代。

 そんな帝都の街並みを、美しいあやかしたちが闊歩する姿に誰もが見惚れている。


 國の人口の大多数を占める人間達、そして姿形は同じであれどあやかしと呼ばれる彼ら。

 決して交わらぬと思われた両者の時間だったが、〝怪異〟という両者の命を脅かす存在が生まれたことによって、平安時代より続く國を巡る争いの戦況は大きく変わった。


 人間とあやかしは互いに手を取り、和平のために和睦わぼくの道を選択した。

 そうして、あやかしの皇太子と人間の姫君が婚姻を結ぶことにより、初代皇帝陛下と皇后陛下が納める桜和國おうわのくにが建国されたのだ。


 それから、半世紀が過ぎた。

 未だ仄暗い憎しみが燻る年嵩の者たちが存在する中、しかしこれまでの戦を知らぬ若人たちは、人の数倍も優れているあやかし達の地位や財産、そして美貌に、男女関係なく強烈な羨望を抱かずにはいられない。


 だが、同時に畏怖もしていた。

 特に四凶――渾敦こんとん窮奇きゅうき檮杌とうごつ饕餮とうてつは、その名の通り厄災のごときあやかしであり、過去数百年間に渡って人間たちを蹂躙してきた。

 今もなお、その厄災のごとき妖力は健在であるという。

 あやかしの多くは長命だ。特に妖力の強いあやかしほど、寿命は数百年から千年と果てしない。

 人の子の寿命など、あやかしの前では瞬きの間だと聞く。

 日ノ本を巡る争いのほとんど覚えているかもしれないあやかしがいるとしたら、今でも人の子を憎んでいるかもしれないと考えてしまうのは、当然のことだろう。


(旦那様になる方は、特級と呼ばれる最上位のあやかし、饕餮……。きっと、誰よりも人の子を憎んでいるに決まってる。そしたらわたしは、わたしは…………)


 両親の予言通り、殺されるのかもしれない。


 子爵の位を有する二階堂家の令嬢――二階堂寧々ねねは絢爛な花嫁衣装を身に纏い、巫女に差し出された大きな朱色の野点傘の下で俯きながら、ひっそりと涙を零す。


 ここは帝都の北東にある、大和神社やまとのかみやしろ

 その参道に綻ぶ桜の花弁が寂しげにらはらと零れる中、凛然と張りつめられた神聖な霊力に満たされた境内では、玲瓏な雅楽の音が響いている。


 けれども、この身は天にさえ拒絶されているのだろう。

 春の空からはしとしとと小雨が降り注いでおり、お世辞にも婚礼日和とは言い難い。

 それはまるで、これからの未来を示唆しているようだった。


 長い黒髪を彩る桔梗ききょうの花簪や髪飾りがしゃなりと揺れ、つうと頬を伝った涙は金銀糸で刺繍が施された豪奢な色打掛に吸い込まれていく。

 盛大に着飾られて嫁がされる先は、帝都の街外れにある、人の子の営みとは断絶された山奥の屋敷だという。


(お姉様…………)


 この政略結婚が決まった日。姉である桜子だけが、布団に伏せる寧々の隣で涙を流してくれた。

 人の子の営みとは断絶された山奥の屋敷に住むことになれば、そんなかけがえのない大切な姉とも、再び他愛のないお喋りをすることは叶わないだろう。


 一歩、また一歩と歩みを進めながら、寧々はただ、紅色の下駄の鼻緒だけを見つめる。


 本来ならば賑やかなはずの花嫁行列に、婚儀を執り行う神職の者たち以外の参列者はいない。

 花嫁側である二階堂子爵家側の理由は、当主である父と、子爵夫人である母が、あやかしを恐れて参列を拒んだせいだ。


 けれど、この婚儀を経て寧々の旦那様となるはずの男性――華嶺はなみね紫苑しおん様の姿さえ無いだなんて。想像もしていなかった。


 本日の婚儀が行われる大和神社は、帝都で最も歴史のある神社である。

 下級のあやかしでは足を踏み入れることすらできないと言われているが、桜和國のあやかしが属する軍隊――破軍を率いる筆頭公爵家の次期当主であれば、問題は微塵もないだろう。

 だとしたら、なぜ。


(やっぱり、人の子がお嫌いなんだわ……)


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桔梗の花檻〜捨てられた花嫁が軍神様の愛を知るまで〜 碧水雪乃@『龍の贄嫁』12/25発売 @aomi_yukino

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