第8話 単語:ブーメラン、チューインガム、曲がり角
バッタリ、と曲がり角でぶつかりそうになった。
少女漫画的出会いの一説にも思えないことはないが、残念ながら男と男だ。何も楽しくなければ、お得なこともない。腐女子になんらかの養分を与えたような気がしなくもないが、無視だ無視。それに、バッタリと出会った男というのがチンピラ、ヤーさん、不良少年、その他etcで形容される存在にしか見えないのだ。
クチャクチャとチューインガムを噛みながら、ガンをつけてくる。両手をポケットに突っ込み、「あ゛?」と腹に響くような声を飛ばしてくる。
「謝れよ」
追想している間に、新展開が! これは、あれだろうか。このチンピラに謝罪を要求されているという状況なのだろうか!?
なんて鉄板の状況なのだろうか?
ある意味、感動してしまいそうである。
だが、ここで選択を誤ってはいけない。これからの分岐を予測し、最適の回答を導きd
「何黙ってるんだよ。え? 舐めてるんかゴラァ!?」
あぁ、これでは選択ではなく強制イベントになってしまう! 急いで方向転換を……あれ? する必要、ないのでは?
ここはあえて、押され気味に弱者アピールを結構すべきだ! 心の奥で誰かがそう叫んでいるのだから間違いない!
その心に従い、視線をまずは下へと向ける。
この時、決してわざとらしくしてはいけない。しかたがなく、視線を避けるための行動として行われたかのようにしなければいけないのだ。
ただ、これ自体は難しいことではない。そもそも、ガンつけられた相手には表情がわからないのだ。肩を振るわせたりせず、いたって自然な動作。そう、おそるおそるという感じが必要なのだ。
時折、見ようとしてやめる、などの行動も効果的だ。
思考を早く、加速させろ。次は第一声だ。
「す、すみません」
ようやく絞り出したかのような言葉。完璧。我ながら素晴らしい、自画自賛になってしまうが。それでもこの演技だけは脳内フォルダに保存だ。
「おせぇよ。お前さぁ、謝れば許されるとか思ってるのかよ。初対面の相手に誠意を見せろよ、誠意を!」
ブーメランで乙。
言ってはダメだと思うが、頭の中で考える分には良いだろう? 誰に見られているわけでもないのに取り繕うような考えが頭に浮かぶ。
いやいや、落ち着くんだ、俺。
次の言葉を考えろ。そうだろ? こんな機会は滅多にないというのを意識するんだ。
そうすれば、自ずと答えは見つかる──
「あ、あのぉ。とりあえず、あなたは誠意を見せてくれるんですか?」
言ったぞ! これこれ、これを言ってみたかった。
「はぁ?」
「今、出会い頭にぶつかりそうになった。これは間違いない事実ですが、逆に言えば『ぶつかりそうになった』というだけであって、実際にぶつかったわけでもないし、どちらかに非があったとも言えない状態のはずです。何せ、僕とあなたは、角のすぐそばに人がいるということなどわかっていなかったし、双方共に故意の事故ということはありません。そうすると、僕たちはお互いに相手を慮った対応が必要だと考えるんですよね。つまり、僕があなたに誠意を見せるならあなたも見せなければいけないと思ったという話なのです」
「つまり、俺がぶつかろうとしたって言いたいわけだな?」
「……知能指数が恐ろしく低いのでしょうか? これでは会話にならないですね。面倒臭いので譲歩してあげましょう。
んんっ、ゴホン。
誠に申し訳ございませんでした」
頭を下げてみる。
我ながら、一切悪いと思っていないやつの態度だ。これなら、間違いなく拳が飛んでくるっ……!
「チッ、謝ればいいんだよ。謝れば」
そう言って、チンピラは立ち去っていった。
「およ?」
一人取り残された。あれは、正真正銘のバカであったのかっ!?
くそ、このシチュエーションをうまく使えなかった!
こんなことは二度とない、とまでは言えないが、数少ないチャンスであったことは間違いない。
あぁ、まだまだ修行が足りないな。
もっと、すごい演者にならなければ。
俺はそう決意して学校への道を再び歩き出した。
ちな、遅刻しました。
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