第4話 ゆきまつり、ファンファーレ、ブラックホール



 ゆきまつりは年に一回、1週間行われる。雪像を作ったり、雪合戦をしたり、とそんな雪を使った祭りだ。


 屋台では、雪をモチーフとした飲食類や売り物が並べられ、毎年、たくさんの人が来場する。


 その年のゆきまつりは大層繁盛していた。朝早くに、会場の合図としてファンファーレが鳴り響き、会場に人がなだれ込む。


 家族連れに、カップル、友達と来ているであろう学生たちなど、ここにサングラスの誰かさんがいたら「人がゴミのようだ」と言ったこと間違いない。


 そして、一番大変なのは、彼ら彼女らを整理する職員や警備員たちだ。こんな休日に俺は何でこんなことをしているんだと思いながら、仕事をしていること間違いなしだ(偏見)。


 誰もが、雪像を眺め、写真を撮り、楽しんでいた。


 そんな中、空に不穏な気が集まっていた。それは、空間が裂かれる前兆。


 そして────鏡のようにひび割れる空間。現れるのは、人型でありながら異形の化物。


 ゆきまつりの観衆は、未だにその異変に気付かない。ただ、一人二人、偶然見上げた人が、口を開けて固まるだけ。


 いくら、魔物といった存在が知れ渡っていると言っても、その存在が人里に降りてくることはとても少ない。


 一部の警備員は気づいているが、まだ対応するには時間がかかる。


 けれど、そんなことは関係ない。その異形の化物は辺りを見回すと、鼓膜を潰すような声をあげる。


 まるでタコのような口から紡がれる叫び声ともとれるその声は、辺り一体の人を跪かせ、心を折りにいく。


 その異形の化物の姿は、頭ひとつとってみても、恐ろしい有様だった。


 タコが自らの頭を足で覆ったようなそんな外見。ヒクヒクと吸盤のようなものが蠢いている。


 緑色の泥のようなものが体を形作り、もしかしたら、それはただの飾りでしかないのかもしれないと思わせるものだ。


 地表面へとそのおぞましい姿で、降りてくる化物。


 その場には、もはやゆきまつりを楽しもうなどと出来る人は一人もいない。


 観衆も警備員も等しく、地に体を投げ出し、己の無力さを噛み締める。


 けれど、中には気を失っているもの、元々体が弱かったのか、息絶えている人までいる。


 そして、異形の化物はその体を、破裂させた。


 辺り一体に飛び散る緑色の肉体。


 それは、人工物の全てを消しとばし、人そのものも、苦しむ暇もなく消えていく。


 異形の化物は何が楽しいのか、人が言語化できないような声で笑う。


 ただ、それは細かに途切れ、その度に声が高くなったように思えるからこそ湧く感想であって、そもそも、あの異形の化物に人のような感情を持ち合わせているのか、甚だ疑問だ。


 化物は見るも無惨な惨状を作っておきながら、もう今日もは無くしたと言わんばかりに、よそを向く。


 そして、彼は口を開いて声を鳴らした。


 その声を何と表せばいいのだろうか。ある人は歓喜の声だというかもしれない。少なくとも、そう感じる人が一定数はいるだろう。


 そして、異形の怪物の正面に立つ女性も、そのように感じたのだ。


 異変を感じた警備員が要請した緊急事態の通知に近くで反応できたのが、彼女しかいなかったのだ。


「はぁ〜。あれは悪魔か何かかしら? それとも、どこぞの神か何かか……やってられないわね」


 そういう彼女の周りには雪が動きだし、氷を形作る。


 0からものを生み出すより、元からあるものを使った方が疲労は少ない。


 それらの氷は握り拳ほどの大きさとなり、化物へと殺到する。その数、40はあろうか。


 しかし、化物はいともたやすく、それらを割り、砕く。


 お返しとばかりに、緑色のまるで粘液のようなそれが、粒となって飛来する。


 周りにある雪像から雪を補充し、できた盾。『ガガガガガ』と削れるような音を響かせるそれは、壊れながらも、その役割を十分に果たした。


 膠着状態に陥った。


 そう、彼女は思った。


 自分が戦えているから膠着状態になるのだが、それでも倒せるような雰囲気にはないことがわかってしまったのだ。


 最初は敵わない相手だと思った。けれど、やってみれば、膠着状態にまで持ち込めた。それでも十分すごいはずなのだが、命懸けでやっているのだから、ともう少しを望んでしまうのだ。


 この状態はある意味奇跡に近い。あの怪物は人類に対して無類の力を誇るが、彼女の力は自然そのものを使っているため、どうにか拮抗しているのだ。他の人であれば、防ぐこともできずに地に倒れるのが関の山だったであろう。


 彼女は氷の礫を打ち出し、相手は緑色の粒を飛ばしてくる。双方、それを容易くいなし、防ぎ。どちらもその場を動かず、ただ淡々と、相手が隙を見せるのを窺う。


 汗が頬を伝う。まだ冬のはずなのに、息が荒くなっていくのを感じる。


 『いつになったら、後続の人員はくるのか? 来るなら早く来てくれ!』と、そんなことを思いながら汗を拭う。


 相手にはまだ余裕がある。少なくとも、こちらよりは明らかに。


 まるで笑っているようだ。その笑みは嘲笑のように彼女は思えた。


 怒りか、驕りか、彼女は博打に出た。


 大地に積もった雪が化物のななめ下に集まっていき、爆発する。


 槍のような形をとり、それは一直線に化物に向かう。


 化物の防御を押し切る。斜めに角度のついた一撃は、化物を彼女から引き離し、山の方へと飛ばす。


 怪物の、声ではないような声が耳をつん裂く。


「はぁ、はぁ」


 緊張がとけて、息が切れる。


 まったくもって、嫌な相手だった。そう思っていた時『ギュアン』と音が聞こえた。


「────ッ」


 向かってくるのは化物。あの化物だ。


「……うそでしょ」


 先ほどとは違う姿形だ。緑の体は人型をとどめておらず、言葉には表現し難いが、敢えていうならアメーバーのような姿だ。


「ちょっとは時間稼げると思ってたのに」


 溜め息を吐きたい気分だ、などとマイナスな思考ながら、考えている。


 悲壮感すら漂わせ、彼女は化物と向き合う。


「面白い顔してるね」


 後ろからかかってきた声に、彼女は驚き、振り返った。


 後ろから声かけてきた人は謎の力で彼女の表情を知ったようだ。


「やぁやぁ、顔芸得意なん?」


 軽薄なやつは強い奴が多い。そんな理論を打ち立てたやつの1人が登場したのだ。


 今まさに襲いくる化物に向かって彼は手を翳す。


「ブラックホール」


 それだけで空間が歪み、化物を潰していく。


 ゴキュゴキュ、と骨と肉が軋む音を鳴らし、粉粒ほどになる。


「一件落着、と」


 そう言った彼は、まるで一仕事を終えたかのような表情をしている。


 彼女の呆れた視線を無視して、手をひらひらとして去っていく。


 あとには謎の空気が流れるだけだった。




作者メモ


単語数3つ

・ゆきまつり

・ファンファーレ

・ブラックホール


主要登場人物


起:雪まつりスタート

承:化物来襲!

転:雪(氷)を操る人到来!

結:決着

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息抜き 碾貽 恆晟 @usuikousei

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