第5話 単語:家、ビーチバレー、コミック




 ミーンミンミンミン


 市街地だというのに、蝉の声がうるさい夏真っ盛りの昼。時計の針は3時すぎを指している。


 思うにこれは、おやつを食べるべきだということだろう。


 両親は共働きで出払っており、妹も友達と駅前のショッピングに行っている。チャンスでしかない、と囁き声が聞こえてくるようだ。


 ついでに、妹の本棚から漫画コミックでも拝借するかと、腰を上げる。


 妹の部屋は真隣だ。ソッと扉を開ける。


 咎めるものはいないと分かっている。が、だからこそというべきか、遊びをする余裕がある。中にいたらノックもせずに開けるな。喚く妹の姿が脳裏に浮かぶ。


 それはさておき、と。目的の漫画を物色する。恋愛ものに日常もの。ざっと目にしたが、既読のものしかない。ふとそこで、揃えて並べられている漫画の上に買ったばかりと思われるものを見つけた。


 これは、当たりか? と、


 前のはだけた──男、の絵だった。


 誰得?


 帯に視線をやれば、やれ大学ビーチバレー部だの、青春BLだの


 ?


 ??


 ???


 ????


 BL、だとっ!?


 他にもあっちゃあかん言葉が並んでる……。


 これは……そうか、そうなのか、


 妹は“腐って”いたのか。


 (妹には)早すぎたんだ。


 そっと本を元に戻し、部屋を後にする。


 漫画は借りないことにする。


 ……おかしでも食べて気分を変えるか。


 知ってはいけない事実を知った気分の夏休みのとある日だった。



  ※ ※ ※



 本が机に置いてある。


 “例”の本だ。


 今日も妹はいない。というか、その日を狙った。


 あのあと、どうしても気になって昼と夜しか寝れなかった。


 そして、“例”の本を見つけてから三日。ついに決行する。


 いざ。新ジャンルに意気込みながらページを捲る。


 ……なるほど、なるほど。


 BLだ。


 紛うことなきBLだ。


 別に詳しくわけではないが、これは、どこをどうとってもBLでしかない。


 スポーツ漫画への方向修正など不可能と思えるほどのBL作品だ(6ページまでしか読んでないやつのセリフ)。


 もう、ダメだ。これ以上は、精神的苦痛に耐えられなくなる。


 BL拒否反応で、鳥肌が立っている……気がする。


 目頭を抑え、ソッと本を閉じる。俺は何も読まなかった。そういうことだ。心の中で何度も自分に言い聞かせる。


 記憶は抹消され、他の記憶に補填されるだろう。


 ……Twitterでもやるか。あ、今はXか。これ、わかりにくいよな。


 現実逃避をする、熱い夏休みのある日だった。



 ※ ※ ※



「お前、BL好きなのか?」


 俺が“例”の本を(6ページだけ)読んだ翌日。部屋を覗いた時には、もはやその本がどこにもなかった。


 ちゃんと、本は戻しているにも関わらず、だ。


 だからだろうか。そんな言葉がふと口から飛び出した。妹の部屋の中のことである。


「は?」


 妹は心外だとでも言わんばかりの表情でこちらを見つめてきた。


 心外の対象が、『俺が自分(妹)のBL好きを知っている事実』に対してなのか、『俺が自分(妹)をBL好きだと勘違いしている事実』なのかは、判断できない。


「何言ってるの? BLなんて、ほとんど知らないけど?」


 どうやら後者だったらしい。


「ふーむ」


 と、顎に手を当てて天井を見上げる。


 つられて妹も俺の視線を辿るようにして顔を上げる。


 もちろん、そこにはなんの変哲もない天井があるだけだ。異世界への扉が開いているわけでも、『あなたには魔法少女になる才能がある!』などと寝言をほざいてくる妖精(もしくはそれに類するもの)もいない。


「で、なんでそんなことを聞いてくるわけ?」


「自らの胸に手を当て、記憶の扉を開け。さすれば、封印されし過去の記憶が蘇る。さぁ、やるのだ。そこに、真実はある!」


「は?」


 冷たい視線。こんな視線を向けられたらちびっちゃうぞ?


「いや、お前、BL漫画持ってたやん」


「は?」


 それしか言わないのか?


「あっ、あぁ。あれ見たの?」


 ぼかしていうということは、あのタイトルに思うところがあるらしい。どこかから聞こえる気のせいだというツッコミは無視しておく。


「あれは知り合いが布教だって言って渡してきたやつだよ。最初からあんなの渡してくるって、そうとう染まってるよね。あれで『序の口、序の口』とか言ってるんだよ?」


 やはり妹も思うところがあったのかこれでもかと愚痴が飛び出してきた。マシンガントークはおばちゃんの特権のはずなのに……。お前も使えるのか。アクティブスキル『マシンガントーク』みたいな? なんか強そう。


「それでさぁ。『気になるならもっとすごいの持ってこようか?』とか聞いてくるんだよ。読みたいなら、持ってこようか?」


 途中でニヨニヨし始めた妹。明らかに楽しんでいる。


「い、いや。いらないぞ」


 引き気味になりながらも丁重にお断りして、部屋から逃げた。これは、戦略的撤退だ。


「あっ、逃げた」


 背後からきた妹の口撃を華麗に(?)無視し、部屋の扉を閉じる。封印した方がいいかな?



 今日の収穫:妹の友人にBL好きがいる。それも重度の、取り返しのつかないようなやつが。今後は妹の友達には気をつけよう……。

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