第4話
ある夜のこと。
縄を解かれ、白磁の腕に残る鬱血痕をさすりつつ、無口な筈の女が珍しく口を開きました。
女の、濡れたような黒い双眸はたしかに烝をじぃっと見つめています。
湿り気を帯びた視線が烝の全身に絡みつき、ぞくり、肌が粟立つのを気づかないふり、女の言葉に聴こえない振りを烝は貫こうとしました。
山川君、連れて行っておやりなさい。
画家がぼそり、烝に告げます。主人に命じられては断る術はありません。
古株書生たちの棘を含んだ視線に突き刺され、大変不本意ながら烝は女を地下牢まで連れて行きました。
一言も言葉を交わさず、触れるか触れないか、絶妙な手つきで女を座敷牢へ押し込んだ時、女は烝を振り返ります。
山川君って言うのね、あんた。覚えたわよ。
返事どころか、無視を決め込もう。絶対に相手してなるものか。
頭と心はそう反応したにも拘らず、身体は女の方を向いたまま、烝は身動きが取れなくなってしまいました。
動けない烝の頬を、唇を、顎を、女のしっとりと冷たい指先が揶揄うようになぞり。
紅も差していないのに赤い唇が、深淵の奥底のような瞳が妖しくささやきます。
ね、中に入ってきて、と。
何者かに操られたかのように、とうとう烝は座敷牢の中へ入ってしまいました。
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