第2話

 の画家の作業部屋あとりえへの立ち入りを許されるのは四名の書生、絵の見本もでる女性のみ。特に陽が落ちた後は古株にあたる二人の書生以外の入室を禁じられていました。

 ところが、三番目の書生が突然の事故で亡くなってしまい、四番目の新入り書生、すすむにも夕刻以降の作業部屋への入室を許されたのでした。

 そこで烝はなぜ今まで古株書生以外が入室を禁じられていたか、初めて知ることとなったのです──





 日が明るい時間帯、烝は雑用の他、作業部屋で絵具の調合や絵筆の手入れなど作業や片付けを手伝い、日が暮れ始めると見本を務めた女性を家まで送り届けます。

 作業部屋での仕事以外は今まで通り、大して変わりありません。

 変わったことと言えば。女性を送り届け、薄暗くなり始めた空の下、館へ帰宅してから。

 厚地の遮光緞帳カーテンを閉め切った昏い作業部屋。白熱球ではなく蝋燭のおぼろな光だけを頼りに、画家は我が身と向かい合う壁際の一点を見つめ、作業しています。瞼の皺で埋もれた目線の先には、鮮血にも似た色の襦袢一枚で全身緊縛された女が天井の梁から吊るされておりました。


 襦袢越しとはいえ、縄が柔肌をきつく食い込んでいるでしょうに。女は苦悶の表情ひとつ浮かべません。艶やかな長い黒髪が乱れ、真っ赤な襦袢が危うげに着崩れはしても、涼しい表情を保ったまま。時折、ちらり、画家や作業を手伝う書生たちへ冷たくも蠱惑的な一瞥をくれる。そうして、画家の夕餉の時間まで小一時間ほど女は拘束されるのです。


 太陽が完全に沈むと、画家はようやく作業の手を止めます。この時女の縄も解かれます。烝が画家に後片付けを頼まれる傍ら、乱れた髪も襦袢も整える間もなく、女は他の二人の手で元居た場所へ──、これも作業部屋へ出入りを許されてから知ったことですが、作業部屋の板床を外すと地下へ続く短い階段があり、階段を下りると座敷牢へと繋がります。その座敷牢こそが女の居場所でした。


 そう、書生たち以外誰も知らない画家の秘密とは。

 清廉な美人画を仕事で描く一方、過激な緊縛画を人知れず趣味で描くこと。

 趣味が世間に露見しないよう、緊縛画の見本もでる女性を地下で監禁していることだったのです。

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