【KAC20243】欲望の箱

青月クロエ

第1話

 あれはいつの時代か──、たしか文明開化の音が鳴り出して数十年経た頃でしょうか。美人画ばかりを描くことで有名な一人の画家がおりました。


 の画家の描く女性は、地上へ舞い降りた天女か女神を彷彿とさせました。想像で描いたにしろ、見本の女性が居たにしろ、この世の者とは思えぬ高潔さ、清廉な美しさに満ち溢れています。

 画家自身も、芸術家には珍しく品行方正、厳しく自己を節制する人でした。

 毎朝早くに起床。粗食ながら三度の食事も決めた時間通りに摂る。宵の時間が終わる前には布団へ入る。天気が良い昼間は近所を散歩し、酒も煙草も嗜まない。他の画家の作品を貶したことも、気難しい画家連中や一筋縄ではいかぬ画商連中と問題を起こしたことも、ただの一度たりとてありません。

 だからでしょうか。清廉な作品と彼自身への印象とを結びつける者がでした。


 の画家は妻帯せず、洋風の赤い三角屋根、ステンドグラスのはめ込み窓の二階建ての洋館で独り暮らしておりました。外観こそ完全たる洋風ですが、内装は板の間の洋間と畳、縁側もある和洋折衷造りの広い館で……、といいましても、家の一切は通いの老女中と住み込みの書生数人に任せきりでした。

 書生たちの仕事は老女中には任せられない力仕事や雑用の他、画家の手伝いもさせたりしています。しかし、彼らにはもうひとつ仕事がありました。その仕事は老女中も知らない、秘密の仕事でした。

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