第2話
塾から戻ってすぐに自室へ入って真っ先に手に取ったのは、昼間に拾った謎の箱だ。
蓋をそっと開けてみると、現実と同じように箱の中も夜になっていて、建物の灯りまで忠実に再現されていた。
一体これは何なのだろう?
箱をクルクルと回しながら観察してみた。そうしてふと、傍らに置いた蓋の裏に、何か書かれていることに気付いた。
『箱庭へ招き入れたいものがいたら、蓋を開けた箱庭を対象に向け「こちらにおいで」と唱えるべし』
これは箱庭というらしい。ここに入れることができるとはどういうことだろうか? 試しに近くにあったクマのぬいぐるみに、蓋を開けた箱庭を向けてみた。
「こちらに、おいで」
そう言った途端、クマのぬいぐるみは急速に小さくなり、箱庭へと吸い込まれていった。
目の前の信じられない事態に、しばらく呆気に取られていたが、気を取り直して箱庭の観察を続けることにした。
さっきのぬいぐるみはどこに行ったのだろうか。箱庭を覗いてみることにした。街並みをよく見てみると、わたしの家を見つけた。
もっとじっくり見たい。
その気持ちが箱庭に伝わったのか、写真をズームするみたいに私の家の部分だけ大きくなった。
指で触れてみると、屋根が外すことができ、家の全貌が見えた。間取りは気持ち悪いくらい一緒なのに、家具らしきものが何もない――かと思いきや、小さくなったさっきのぬいぐるみが、わたしの部屋にあたる場所に置かれていた。
気味が悪いが、これはある意味、シルバニアファミリーのお家よりも面白いかもしれない。自分の街そっくりで殺風景な箱庭に、好きなものを入れられるのだ。
せっかくなので、捨てるぞとママに脅されていたおもちゃたちの山を、箱庭にドンドン入れてみた。
外見はわたしの家なのに、お気に入りのおもちゃで賑やかになり、全然違う場所のように思える。
これならおもちゃを捨てられずに遊べる。自慢したいところだが、これは誰にも言わないでおこう。ものを入れられると言っても、信用されないだろう。秘密にして独占したいのが本音だ。
そうしてしばらく箱庭で遊びながら、何か使えるかもしれないと考えを巡らせているうちに、夜が更けていった。
あれから数日にわたって、学校や塾に箱庭を持ち出しては色んなものを入れ、それを自分の部屋で眺めるのが習慣になっていた。
道端のタンポポや自分のおもちゃを入れ続けるだけでは、面白味がない。もう飽きてしまった。
そこで、生き物を入れたらどうなるのかと思い、近所をうろつくうるさいオス猫を試しに入れてみることにした。
「ネコちゃん、こちらにおいで」
そう口にすると、ネコは甲高い悲鳴を上げながら小さくなっていき、やがて鳴き声は聞こえなくなった。箱庭に入れることに成功したらしい。
それを家に持ち帰り、自分の部屋で開けてみた。
どうやら、生き物は箱庭の中で動けるらしい。わたしの家の中で大暴れし、入れていたおもちゃたちをぐちゃぐちゃにした。
見かねたわたしは、オス猫を家の中からつまみ出してみた。オス猫は指でつままれているにもかかわらず無抵抗だったので、そのまま公園に放り出した。
放り出されたオス猫はこっちの世界でもそうしていたように、公園の砂場をトイレにし、周辺をウロウロしているのが見えた。ホッとした反面、別の感情が湧いてきた。
箱庭にもっと、動きが欲しい。
どうせ眺めて楽しむなら、動かないおもちゃより、動ける人間がいた方が面白いだろう。そういえば箱庭を拾ったとき、豆粒のような人を見たことを思い出した。あれはまだいるだろうか。
箱庭を机に置いて身をかがめ、人探しを始めた。中をくまなく探し、学校から出てくる人影を見つけた。
そこを詳しく見たいと念じると、箱庭は人影へとズームした。
わたしと同じくらいの女の子だろうか。赤いランドセルを背負って、一人でトボトボと歩いている。つまらなさそうな顔をしていて、とてもブサイクだ。
公園でウロウロしてたオス猫をつまみ出し、ブサイクの目の前に置いてみた。オス猫は威嚇したかと思うと、ブサイクを追いかけ始めた。声は聞こえないが、ブサイクな顔が一層歪んで、顔を引っかかれ泣きわめいているのが分かった。いい気味だ。
ここまでできるとなると、欲が出てくる。
――箱庭にもっと、人間を入れてみたい。
箱庭に入れてみたいものとして真っ先に浮かんだのは、イワタだ。
だがアイツは最近、学校に来ていない。家の場所を知らないので、後を追って箱庭に入れることができない。仕方ないが、イワタは後回しにするしかない。
そうなると、最初は誰にしようか。
「アンタ、勉強しないで何してるの?」
ノックもしないで部屋に入ってきたママに、わたしは飛びあがった。
「何そのゴミ? それより宿題は? やったの? 塾のテスト、クラス最下位だったってちぃちゃんママから聞いたわよ! もう本当に恥ずかしかったんだから」
わたしはすかさず、開いた箱庭をママに向けた。
「ママ、こちらにおいで」
わたしを𠮟っていた声がドンドン小さくなり、そして、姿が見えなくなった。
箱庭を覗いてみると、ママらしき豆粒が、わたしの家にいた。いつものママと変わらず、せわしなく家の掃除をしている。さっきまで、わたしを𠮟っていたことなんて忘れたかのようだ。
さっきそうしたように、学校の砂場を掘り起こしているオス猫をつまみ、ママの目の前に置いた。するとママは片付けを放り出し、家の中をドタバタと逃げ回り始めた。
ママは動物嫌いだ。こういうお仕置きをしてやった方がいい。しばらくこのままにしておこう。
ママの怒鳴り声が消えた家で、わたしは安心してベッドに潜り込んだ。明日は誰を箱庭に入れるかを考えながら、わたしは眠りについた。
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