わたしの箱庭

鬼灯 アマネ

第1話

「この前ご褒美にね、シルバニアファミリーのお家、買ってもらったよ!」


 ダサい手提げ袋から体育館履きを取り出したちぃちゃんが、そんな自慢をしてきた。


「いいなあ! ウチのママ買ってくれないよ。みんな持ってるって言ってんのに、全然信じてくれないの」


 教科書にぐちゃぐちゃと落書きをしながら、ユッチはため息をつく。


「アンタいつもそう言ってるじゃん。たまには違うお願いの仕方、覚えたら?」


 ボロボロの赤いランドセルにゴミを詰め込み終えたわたしは、そうアドバイスしてやった。


「遊んでばかりじゃないって、見せつけてやればいけるよ。ウチはそれで買ってもらえたし」

「それちぃちゃんの成績でしかできないって。アタシじゃ無理」

「家の手伝いとかもすれば? それならバカなわたしたちでもできるよ」

「アンタと一緒にすんなよな」


 私物を触りまくったせいでイワタ菌が体中に転移してしまいそうなわたしたちは、手を洗いにいくことにした。ちぃちゃんはその行きがけに、岩田と書かれた体育館きをゴミ箱に捨てた。手を洗いながらも、わたしたちの笑いは止まらない。


「今日塾行く前にさ、ちぃちゃん遊びに行けないの?」

「今日はママ友の集まりだから無理」

「てかモーママの家でやるんじゃないの? アタシのママそんなこと朝に言ってたけど」


 そういえば今朝、やたらバタバタしながら家の片付けをしているなと思ってた。わたしの準備をイライラしながら急かしつつ、ママがそんなことを口走っていたかもしれない。


「そうだったかも。早く帰らないとママに怒られる」

「別にウチらのママと一緒に喋るわけじゃないんでしょ?」

「うん。塾の宿題してろって言われてる」

「じゃあ、もう帰らないとね」

「ちょっと待って!」


 手を洗い終わって帰ろうとしたわたしたちを、ユッチが止めた。


「イワタが戻ってきた!」


 それを聞いたあたしたちは、急いで教室の入口付近に行き、そっと中を覗いた。

 わたしたちが押し付けた掃除当番から戻ったイワタが、机に置かれた教科書を見て肩を震わせている。

 その様子を見て、ユッチが大げさにジェスチャーを見せつけてきた。この前ユッチが学校に持ってきたゼンマイのおもちゃのマネだとすぐに分かった。思い出したものは、みんな一緒だったらしい。全員、笑いをこらえるので精一杯だった。


 イワタはランドセルを開け、豚の鼻息みたいなため息をついた。ランドセルを持ってゴミ箱に行くと、そのままゴミを流し込んだ。流し込んでからゴミ箱に突っ込んである体育館履きの存在に気付いたのか、ゴミを流し込もうとするのと、体育館履きを取り出すのとで動作が混乱し、ランドセルが手から滑ってゴミが散乱した。


 イワタがゴミを拾い始めたところで、わたしたちはそそくさと教室から離れた。下駄箱まで来たところで、わたしたちはゲラゲラと声を立てて笑った。


「ユッチ、あそこで笑わせないでよ! 思い出しちゃったじゃん」

「あれで思い出したアンタたちが悪いわ」

「モノマネ思ったより上手くて、ウチも吹き出しそうだった」


 靴を履き替え終わったあとでも、わたしたちはまだ笑っていた。

 あー、帰りたくないなあ。何をやってもやり足りない。下駄箱に来るといつもそう思う。


「帰りたくないなあ。ママうるさいんだよー」


 軽はずみにそう口にしてみた。


「あー、分かる。今年は受験なんだからねってアタシのママもうるさいわー。テストどうだったってそればっかり」

「ウチもウチも。だから今日はモーん家でママ友会やってくれて助かったって、正直思ってる」

「それなー」


 取りやすいボールを投げれば、取りやすいように返してくる。あたりまえのことだ。わざわざそれを重くするのは、自分の首を絞めるのと一緒なのだ。


「それじゃユッチ、またあしたー」

「塾でまた会うだろうが」

「ユッチはクラス違うでしょ。わたしはちぃちゃんと同じクラスで仲良くしてるから」

「アタシだけ仲間外れにすんなよ、ズルいぞ」

「ウチとモーとで、休み時間にユッチのクラス覗いてあげるよ」

「覗くだけかよ」

「休み時間違うんだからしょうがないじゃん。我慢しなよ」


 イチャイチャすんなよー、というユッチの文句を聞き流しながら、わたしたち三人は正門前で別れた。家近くまで一緒に帰れないのはいつものことだが、六年生にもなって一人の帰り道が寂しいだなんていうのは、ここだけの秘密だ。



 道端の石を蹴とばしながら、少しでも家に帰る時間を稼ぐ。

 ママ友会がなければ、シルバニアファミリーのお家を見せてもらえたのに。

 もし、自分の部屋にお家を置けたらどうしよう。やっぱり窓際に飾る方がおしゃれに見えるだろうか。この前ガシャポンで手に入れた人形を入れたらどうだろう。ちぃちゃんからもらった、スイーツそっくりのキーホルダーを入れてみたりもしたい。

 やっぱり自分も欲しい。ママにお願いしてみようか。


そんなことを考えていると、建物の影から何か白いものが飛び出してきて、蹴っていた小石に当たった。

 ケーキの箱のように真っ白な箱だった。しかし、ケーキというより、タルトケーキがピッタリ入りそうなくらいの浅さだ。見た目は軽そうだが、小石の方がはじかれたのを見ると、どうやら中に何か入っているらしい。


 これを、逃してはいけない気がする。


 そう思い、恐る恐る私の目の前に突如現れた箱に、指先で触れてみる。コツン、と箱の重みを感じただけで、特に異常はなさそうだ。

 今度は箱を手に取ってみた。あれだけ転がって中身が散らばらなかったのに、蓋は箱の上に乗っかっているだけだ。そんな不思議な箱の蓋を開けてみた。


 中身は、昔パパに連れて行ってもらった博物館で見たようなジオラマになっていた。

 青い空の上から街を見下ろしているかのように、気持ち悪いくらいリアルだ。わたしの学校は、小さくしてそのままここに持ってきたみたいだ。

 箱の大きさに反して、中の街は相当広く感じる。豆粒のように見えるのは人だろうか。相当細かく作られている。

 しかしその豆粒が、動いてるように見えるではないか。

 小さな虫かと思い、思わず手を離しかけたが、慌てて持ち直した。あんなに箱が揺れたにも関わらず、中身は微動だにしない。本当に不思議な箱だ。


 そうして箱の中を凝視していると、遠くで夕方四時を告げる街の放送が鳴り響いた。

 いけない、塾に間に合わないとママに怒られてしまう。

 ランドセルに箱をしまい、わたしは急いで家に帰った。



「テスト返すぞー。名前呼ぶから取りに来い」


 本当は謎の箱をじっくり観察していたかったが、そんな時間はあるわけなく、箱は自分の部屋に置いてきてしまった。

 結局宿題は手つかずなので、ママに怒鳴られながら家を出た。

 モーちゃんは元気でいいわねと、ちぃちゃんママはキレイな顔して微笑んでいたけれど、あれは外に向けるママの顔と同じだ。家に帰ればちぃちゃんに報告してるかもしれない。そうやってちぃちゃんのやる気を持ち上げるやり方をするのだと、聞いたことがある。


 テストの成績順に座席が決められるので、成績が良いちぃちゃんは、わたしの後ろに座っている。授業中に話しかけたいことがあってわたしが振り返れば、先生に怒られてしまう。

 逆にちぃちゃんは一方的に手紙を回して言いたい放題だ。ちぃちゃんとクラスが同じになって以来、この状況がずっと続いている。


 成績がちぃちゃんより良ければ――


「モーちゃん、名前呼ばれてる」


 後ろからちぃちゃんに肩を叩かれ、ようやく気が付いた。急いで席を立ち、テストを取りに行く。

 結果は……平均点を下回っていた。


 テストの結果を元に席替えをしたが、後ろにちぃちゃんがいる状況は変わらなかった――ちぃちゃんがクラス一番で、わたしは最下位だ。

 ここで差がつく時期だぞ、と先生がうるさい声で呼びかけている時に、後ろから手紙が回ってきた。


『テストどうだった?』


 小学六年生とは思えないキレイな字で、そう書かれていた。

 分かってるくせに。

 それでも後で、表向き言葉にしておかないといけない。それがわたしたちのキャッチボールなのだ。休み時間の慣れ親しんだ話し相手であるちぃちゃんを、大事にしなければいけない。

 

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