第11話 闘技場での闘い???

「いや、待ってくれ」と俺は焦っていた。なぜなら――――


「何も聞いていないぞ。翌日、試合なんて!」 


 闘技場。


 戦士と戦士が素手あるいは武器を持って戦う場所。


 古代ローマの闘技場コロッセオそのままで、戦車を走らせる競技レースや船を浮かべて海戦なんかもしたりする。


 なぜか、そんな場所で俺は素手で試合をすることが決まっていた。


 闘技場の試合を仕切る興行主に言っても――――


「え? 正式な書面でユウキさんから承諾を得ているはずですよ?」


「間違いありません」と断言された。


 対戦相手側の広報に言っても――――


「え? 対戦相手は決定済みですよ? 契約書にもサインをいただいています」


「間違いありません」と断言された。


 念のため、対戦相手に言っても――――


「私はあなたを倒すだけです。 私とあなた――――武を競い合い、互いに高めるだけを望んでいます」


 武人として正々堂々と戦う事を誓われてしまった。


 一体、どういう事なのか?  みんな疑問符が頭の中に漂っている様子だ。


 ただ1人を除いて……


「謀ったな、ソフィア!」


「えっと、何の事だかわからないです」


「試合の契約書を貰って来た。これ1日トーナメントだな……それも出場者4人。つまり、1回勝つと?」


「ソフィアとお兄様の試合になりますね!」と声を弾ませて答える彼女だった。


「お前、俺と戦うためだけに文書偽造までして、犯罪だぞ」


「それは大丈夫なのです! ソフィアの計画にミスはあり得ないのです。犯罪の証拠なんてポイポイって消しているのですよ」

 

「語るに落ちるとはこの事だな!」


「なんてこった……」と俺は天井を仰いだ。 何が悪かったのか? どこで育て方を間違えてしまったのか?


「でも、流石ですお兄様。何だかんだと言っても、本気で戦うことを止めようとしてませんね」


「まぁ……俺も嫌いじゃないよ、格闘技。闘技場の試合は何度がやってるわけだし」


「存じ上げているのです。お兄様は私の師なのですから」


 確かに、素手で戦う事に特化したソフィアのスキルを知って、俺は彼女の戦い方を指導した。


 だが、俺はきっかけを与えたに過ぎない。 彼女が強くなったのは、彼女の実力と努力の結果でしかない。


「師匠越えを望む弟子の心情。察してはいただけなのですか?」


「いや」と俺は否定した。 彼女は目を伏せる。 だが――――


「まだ弟子に越えさせるには、早いだろよ」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・・


 第一試合。


 ソフィア・アイアンフィストは勝利した。


 試合開始と同時に放った打撃。 たった1撃で彼女の記録は157勝1敗1引き分けに増えたのだ。


 その洗礼された動きから、前日の疲労やダメージは残っていないのはわかる。


 彼女は一足先に勝者の席で俺を待つ事になった。


 そして、第二試合。


 俺……ユウキ・ライトは闘技場に立った。


 さて、ここからは俺がどう戦うか。より臨場感を味わえるために一人称から三人称に切り換えようではないか。


 なに、気にすることではない。 ただのファンサービスというものだ。 


 観客のボルテージは彼の姿を見ただけで最高潮まで跳ね上がっているのではないか? 試合前にも関わずに……


 既に相手はユウキを待ち受けていた。


「私は武人として、ユウキ・ライトの武勲は聞いて来ました。本気で戦うことになるなんて、楽しみだ」


 そう言って握手を求めてきた手をユウキは握り返した。 互いに力強い握手だった。


 そのユウキに対峙する男の名前は――――シルヴァン・ソードブレイズ


 端正な顔立ち。腰まで伸びた金髪を後ろにまとめている。 


 闘技者よりも舞台役者が似合っていそうだ。 観客席から彼に黄色い声援を投げている女性も少なくはない。


 彼の肉体を評するならば――――


 堅固な筋肉を持ちながらも、その仕草は女性的な柔らかさを秘めている。


 まるで、彫刻のように鍛えられた筋肉を持つが、普通の動きには女性的なしなやかさが漂っているのだ。


(俺とは真逆の体だ)


 ユウキは、そう思った。


(俺が過酷な環境に身をやり、戦いの連続で作り上げてきた不自然な体とは真逆の体をしている)


 きっと、彼――――シルヴァンは丁寧に肉体を作り上げてきたのだろう。


 むしろ、闘技者として異端なのはユウキの方。 正しいのはシルヴァンの体なのだ。


「それでは行くぞ。私の技を受けてもらいたい」


 シルヴァンの構え。 半身から腰を大きく落としている。


 両腕は腰の位置。ユウキから見えない場所に手を隠して構えている。


 それをユウキは短く「居合か」と呟いた。


 この世界ではよくあることだ。 ここは剣があり、魔法がある世界だ。 


 徒手空拳の技は、剣や魔法ほど優先されない。されど、剣が折れ、魔力が尽きた時に必要不可欠の技となる。


 ならば、どうする? 


 剣の技を素手に置き換えて練習すればよい。 剣と素手を同時に修練すればよいではないか。


 そういう考えが合理的とされる流れが武の世界にはあるのだ。 

 

 つまり、シルヴァンの構えは居合い。あるいは抜刀術に近い。


 攻撃の初動を読まさせず、高速の手刀を放つ技。 しかし、ユウキの読みでは、それだけではないようだ。


「丹念に積み重ねてきた技。それにスキルというオリジナルを加えるつもりだな」


「その通りです。ユウキ殿はスキルをもっていないと聞いています。卑怯と思われますか?」


「いや、何でも使えばいい。それが勝つための方法ならね。それに……」


「それに?」


「いや、何でもない。プライベートの用件でな。できるだけスキルの使い手と戦ってみたいと思っていたところだったのさ」


 スキルを使用するモンスターを作ってるマッドサイエンティストがいる。まさか、こんな場所で公言するわけにはいかなかった。


 もしかしたら、そんなユウキの心の変化を読み取っていたのかもしれない。


 シルヴァンは、このタイミングでスキルを使用した。


 『加速』


 初動を殺した抜刀術に、さらなる加速が加えられる。


 シルヴァンの手。それがもはや、人が認識することすらできぬ魔拳ならず魔剣の領域まで引き上げられた。


 そんなシルヴァンの必殺技であったが、ユウキには届かなかった。


 超加速したシルヴァンの目前に何かが出現したのだ。 バチバチと全身を蜂にでも刺されたような痛みが走り抜けていた。


 大きくバランスを崩して倒れたシルヴァンだったが、すぐに立ち上がった。


 そして痛みの正体に気づいた。 


「……まさか、私が仕掛けるタイミングで砂を?」


「あぁ、砂を蹴り上げた」と俺は答える。


 高速移動中に砂をかけられたのだ。シルヴァンにしてみたら、急に砂嵐に襲われたようなもの。


「こういう技は、切り札として温存しておけ。自然な攻防の流れに紛らせて使わなければ、簡単に対処される」


「高速移動する人間に砂をかけれるのはあなたくらいですよ」と言うと、シルヴァンは戦法を変えてきた。


 手刀で突きを繰り出してくるつもりのようだ。


 ここからは、手技での戦いは始まる。


 対するユウキの構えは、利き腕とは逆の腕を大きく下げ前に出している。


 ボクシングでいう超攻撃型と言われるデトロイトスタイル。


「なんです? その構えは」とシルヴァンは困惑を隠せなかった。


「見てればわかるさ」とユウキは拳を軽く動かし、プレッシャーをかける。 


 前記した通り、この世界の武術は、剣技や魔法の延長として考える。


 それが実戦的だからだ。  


(まさか、シルヴァンも俺が異世界の武術――――それも素手だけで戦うことを前提とした技を使うとは想像もできなかっただろう。増してカメラみたいに映像を録画することはできないもんな)


 魔法やスキルで代用は可能だが…… それが使えるのは限られた人のみ。


 つまり、勇者ユウキが闘技場で戦った過去の記録を残っていても、


 どのような技を使い、どのような動きをして、どのように勝ったか?


 詳細まで広がることはない。


「うっ!」とシルヴァンの動きが止まる。 


 牽制のジャブ。 しかし、彼にとって左ジャブを放たれるのは初体験。


 それがどのような技か? 自然と警戒心が強くなり、動きが鈍くなっているのがわかる。


 だが、シルヴァンも闘技者。 恐怖に打ち勝ち、間合いを縮める。


 コンッ! コンッ! と音が鳴る。 体の固い部分同士が接触するとこのような音が出るのだ。


 ユウキのガードしたシルヴァンの腕に当たる。 時にはガードをすり抜け、固い額にユウキは叩いた。


 観客たちにとってはひどく退屈な試合に見えるだろう。 なんせ、観客が闘技場で求めるのは蛮性が溢れる原始的なファイト。


 しかし、ブーイングのような不満の声は奇妙なほど少なかった。


(へぇ、わかるのか? 俺が何をしていて、これからしようとしているのかが。さすが王都シュタットの観客が目が肥えている)


このままではじり貧。シルヴァンにはそれがわかったのだろう。


 多少、強引でも前に出てユウキの攻撃を阻害しに来る。


 だが、それはユウキの誘いだった。 焦れた相手が強引で出る動きに合わせてのカウンター。 しかし、それは打撃のカウンターではなかった。


 胴タックル


 ユウキの戦闘スタイルは、ボクシングではない。


 強いていうならMMAスタイル。 打撃と寝技のミックスしたスタイルだ。


 抱きつかれたシルヴァンは倒れまいと耐える。


 一流の嗅覚ゆえだろうか? 倒されたら何かがまずい。


 そういう嗅覚。 あるいはユウキから、勝利への絶対の自信が溢れていたのかもしれない。


 耐えるシルヴァン。 倒そうと力を入れるユウキ。


 力を入れるため、後ろに下がったシルヴァンの足に何かが絡まっていく。


 まるで蛇のようなソレはユウキの足だった。


 ついにバランスを崩したシルヴァンの体にユウキは馬乗りになった。


 馬乗りマウントポジション


 その時だった。 会場内で流れていた解説の声が大きく乱れた。


「え? なにこれ? ユウキ選手の戦歴に間違いがあった。修正? そんな場合じゃ……え? 400戦無敗!? なんでこれが、今までわからなかったの? え? 他国の闘技場で試合をしていたから?」


 あらためて、ユウキ・ライトの戦歴が紹介される。


「シルヴァン、ここはタップをしたまえって言うところみたいだ。 お前が相手をしているのは400戦無敗の男……らしいぜ?」


 シルヴァンは暴れる。 だが、ただ馬乗りになっているだけのユウキが振り落とせずにいた。


 ただ、馬乗りになっているだけ? 違う。これは歴とした技術なのだ。


 やがて、疲れたシルヴァンの動きが止まる。 そのタイミングでユウキが拳を振り落とす。


 だが、寸止め。 目の前で拳は止められた。


「ギブアップをしろ」


 その言葉に反応して、シルヴァンが先程よりも激しく暴れる。


 だが、長くは保たない。 動きが再び止まると……


「ギブアップをしろ」と同じ言葉を繰り返した。


 またシルヴァンが動く。 汗で地面に水溜まりが生まれる。


 砂で緩和されているとは言え、固い地面で暴れれば皮膚が切れる。


 異常な光景。 それでも両者は


「ギブアップをしろ」 

 

 まるで処刑人のような無慈悲な声。 無限に終わらない地獄の獄卒のように見え、ついには……


「ギブアップ」と聞こえてきた。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


「さすがですお兄様なのです。相手にダメージを与えず心だけを砕く慈悲の拳。勉強になります」


「いや、言うほど慈悲か? トラウマになってそうだけどな」


 試合が終わったばかりの会場に勝者である絶対女王 ソフィア・ アイアンフィストが降臨した。


「このまま試合をするつもりか? 疲れているなら翌日にしても良いが?」


 そんな俺にソフィアは呆れたように返す。


「それはこちらの台詞なのですよ。 お兄様の試合は終わったばかりなのです。それで万全の戦いが……できそうですね」


「あぁ、跳ね返った弟子にまだ早いって首根っこを押さえ込むのは嫌いじゃないからな」


「相変わらず、悪い趣味なのですよ」


 そういうとソフィアは構えた。 それが戦いの開始を合図した。


 戦いは1時間47分の激闘だった。  格闘技の試合として考えれば異常に長い試合時間だろう。

 

 俺は師匠の意地を見せることができた。両足がガクガクと震えながらも立ち続け、勝利の名乗りを受けれた。


「もう二度とやらね!」

 

試合直後、そう言いきった俺だった。しかし、ソフィアは俺が帰る直前――――


「次に王都に帰って来るのは二か月後ですね。再戦が楽しみなのです!」と上機嫌だった。


 いや、待て。俺の顔がボコボコなのに、なんでお前はダメージがない!


「女の子の顔は、怪我をしても気合ですぐに治るようになってるのです」


 いや、絶対に嘘だ。 絶対、高い金を払って優秀な治癒魔法の使い手を雇ってるに違いない。


 流石にダメージが抜ききれないまま、走って『地方都市ゲルベルク』まで帰る気にならなかった。


 ゆっくりと馬車に揺られ『王都シュタット』の街並みを眺めながら……


「いや、待てよ!」と俺は馬車から飛び降りようとした。


 町の人込みに見たことある顔があった。 


 かつての依頼人――――モンスターを改造したマッドサイエンティスト。


 あの男がいた……そんな気がしたのだ。

 

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