第10話 ソフィア・アイアンフィスト

『王都シュタット』


 俺は走って帰ってきた。約2か月ぶり……いや、3か月ぶりになるのか?


 街並みは変わらない。 自分の屋敷が見えてきた所で気がついた。


「そう言えば、家の鍵をケンシに預けたままだったな」


 ケンシは、この町で騎士団と冒険者の橋渡しをする仕事をしている。


「だったら王城とギルドのどちらかにいるはずだ。いや、わざわざ手紙を寄こして来たんだから、俺の家に待機していろよ」


 もちろん、冗談のつもりだった。 


 ケンシはこの町の重役だ。 そんなに暇な役職でもない。


 だが、俺の家の鍵は開いていた。


「ん? ケンシいるのか?」と中を見るも、真っ暗だ。


 人の気配は――――ある。 まさか、賊か?


 勇者の家とわかっていて、強盗に入る輩は無法が過ぎると言うもの。


 だからと言って、心当たりはある。 勇者を恨む魔族の残党が人間の町に入り込み暗殺を企むことがたまにある。


 あるいは、不正を暴かれて失脚した貴族たちか?


 俺は警戒を強めながら、住み慣れていない我が家を進んで行くと――――


「お兄様! ご無沙汰しているのです!」と女の子の声と拳が飛んできた。


 刻み突き――――空手で使われる高速のパンチだ。


 高速の縦拳が俺の頬に触れる。 だが、それだけだ。


 首を捻って衝撃を逃がす。 ダメージは皆無。


 それと同時に体は半回転させ、襲撃者の体を掴んで投げ飛ばす。


 壁に叩きつけられた襲撃者は「げふっ!」と声を出して床に落ちた。


 そうかと思うと、すぐに立ち上がってきた。


「さすがなのです、お兄様! このソフィア、『最強』の二つ名で呼ばれて久しいのですが、まだまだお兄様の実力には遠く及びません!」 


 先ほどの殺意と洗練された動きは消え去り、パタパタと近寄って来る少女。

 

「お兄様!」


「やぁ、ソフィア。ひさしぶ……こらこら、出会い頭で金的を狙ったらダメじゃないか」


 俺は下から蹴り上げられていた彼女の足を掴んでいた。


「お兄様は可愛げというものが抜け落ちています。ここはわざと蹴られて、ソフィアを誉めるところなのですよ?」


「はっはっはっ……育て方を間違えたかな?」


 彼女の名前は、ソフィア・アイアンフィスト


 ケンシの手紙に、怒り心頭だと書かれていた少女……俺が育てた弟子の1人である。


 銀色の長い髪に、華奢な体。ゴシックなドレスを身に付けた10代の少女。


 しかし、彼女を見た目で判断してはいけない。


『拳蹴攻撃強化』


『反射神経強化』 


 戦闘用スキルを2つ持っている。 


 このスキルで彼女は格闘家として生活している。 今では闘技場の絶対女王として君臨しているらしい。


 ソフィアとの再会は楽しんだ後、俺は他の弟子の近況を聞いた。


「他の2人は、エレナとレイラは国外で仕事か?」


「うん、そうだよ。エレナ姉さまもレイナ姉さまも外交で忙しいみたい」

 

 俺が聞いた2人、エレナとレイナはソフィアと同じように弟子たちだ。


 エレナ・ムーンウィスパーは宮廷魔法使い。


 レイラ・ストーンハートは王都騎士団長。


 それぞれ、国の重役についている。簡単に会えなくなってきたが、俺は師匠として誇らしく感じている。


 ちなみに、ソフィア、エレナ、レイナは実際の姉妹ではない。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 闘技場


 格闘家のソフィアにとっては職場だ。今日も仕事――――試合があるそうだ。


 ソフィアはゴスロリファッションのままだ。


 対戦相手は2メートル以上の大男だった。 ソフィアと並ぶと身長が倍くらい違って見える。


 だが、緊張の色を隠せていないのは、大男の方だった。


「身長2メートル5センチ! 体重125キロ 戦績12戦無敗――――挑戦者 ジャイアント・スマッシュ!」


 スマッシュと紹介された大男は、片手を上げると観客たちは歓声を上げた。


 しかし、次に――――


 「身長1メートル45センチ! 体重39キロ 戦績155戦1敗1分け――――闘技場の絶対女王 ソフィア・アイアンフィスト!」


 ソフィアが紹介されると、観客たちは静まり返った。


 先ほど、スマッシュへの声援が嘘のようだった。


 スマッシュ――――彼が大歓声で迎えられたのは英雄だからだ。


 もはや、絶対女王ソフィアに挑戦する事が英雄的行為になっているのだ。


 身長差は1.5倍。 体重差にいたっては3倍以上の差。


 体格の差。 それを語るのは、もはやバカらしい。並んで比べると生物として、まるで別物。


 それでもソフィアに挑む事は命知らずの英雄として祭り上げられる。


 ある意味では信頼。 ソフィアの強さへの信頼だ。


 そして戦いが始まった。


 ソフィアは構えない。 全身から力を抜き、脱力させた状態で立っているだけだ。


 対するスマッシュは――――


 観客の声援に答えていたはずの片手を、さらに大きく突き上げた。


 観客席にまで届く実況&解説の説明が聞こえてくる。


「でた! 出し惜しみをせずに、初手からスマッシュ選手の代名詞技 ジャイアントクラッシュの構えだ!!!」


 なるほど、巨体から突き上げた拳の高さは3メートルを軽く超えている。 それを振り落とすだけで一撃必殺を成立させる。


「――――それだけではないな。体格と筋力だけを使う攻撃じゃない」


 俺が見たところ、あれは技だ。


 彼だけではなく、彼の所属する流派が数代かけての試行錯誤を繰り返して磨き上げた技術なのだろう。


「けど、相性が悪い」


 ソフィアは待ちの体勢。 体から力を抜き、スマッシュの攻撃に対処しようとしている。


 ここ、闘技場の絶対女王と言われる者の矜持なのだろう。


ソフィアは「来るなら来い」と態度で示している。  


「つまり、互いに待ちの構えとなる。 野良試合なら良い……だが、闘技場の試合ならば、挑戦者が動くの礼儀と言うもの」


 徐々に観客席からヤジが飛び出していく。 ほとんどが、スマッシュに対して「攻めろ!」という怒声である。


 このプレッシャーに耐えきれなくなったのだろう。 スマッシュが動いた。


 ただ一歩、それだけでソフィアとの間合いを0にして、腕を振り落とした。


 だが、その一歩だけでも無駄な動作が入ることになる。 


 ソフィアに取って、それだけでも攻撃のタイミングを読めるようになった。


「なるほど、仮に目標が鎧甲冑だったとしても拳で殴り潰せるほどの威力が出るのか。けど、当たらなければ意味がない」


 ソフィアのスキル――――『反射神経強化』


 既に彼女はスマッシュの背後に周り込んでいた。


 続けて発動させたスキルは―――― 『拳蹴攻撃強化』


 彼女の蹴りがスマッシュに膝に叩き込まれた。  


 嫌な音がした。膝が砕ける音だ。


 すぐに治癒魔法で治療しなければ完治まで数か月は必要なダメージだろう。


 普通なら、これで終わる。試合続行不能ってやつだ。


 だが、スマッシュは動き続けていた。

 

 自身の背後にいるであろうソフィアに―――ノールック―――当て勘だけで裏拳を振る。


 直撃。


 こうなれば、ソフィアとスマッシュの体格差が出る。


 小柄なソフィアの体は、闘技場の壁に叩き付けられて止まる。


 普通なら両者、試合続行不能のダメージ。


 だが、ソフィアとスマッシュ。両者は立ち上がり対峙している。


 ゆっくりと間合いをつめると――――


 殴り合い。


 なぜ、この体格差で殴り合いが成立するのか?


 ソフィアはスキル『反射神経強化』を使っている。あえて打撃を受けながら、その衝撃を受け流すように動き続けている。そして――――


『拳蹴攻撃強化』 


 彼女の拳が腹部をとらえた。 前のめりに倒れていくスマッシュ。その顔面を狙ってソフィアは――――


 刻み突き


 それでこの試合は終わった。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


「妙だな」と俺は周囲を見渡した。


「メインイベントが終わったのに客が帰らない。何かあるのか?」


 そんな疑問符を浮かべていると、試合を終えたばかりのソフィアが走って近寄って来た。


「おいおい、試合を終えたばかりだろ? 治療は良いのか?」


「はい、大丈夫なのです。ソフィアは強くなりました」


 彼女は、薄い胸を張りながら言った。 


「守られるだけのソフィアは――――私は、もういません」


「……」と俺には彼女の笑顔が悲しかった。それと同時に安心もしていた。


 魔族たちとの戦争。 戦火によってソフィアは家族を失っている。


 だから、彼女は強くなることが人生の目的――――大切な物を失わないための力を求めていた。


 彼女の言葉は――――『ソフィアは強くなりました』――――ある意味では、過去を背負わず、未来へ踏み出した……そういうことなのだろう。


「そうか、強くなったな。ソフィアは」


「はい、もう師であるお兄様と本気で戦っても、簡単に負けるつもりはないのですよ!」 


「あはははっ……もしも、そういう機会があれば、楽しみだな」


「……言質は取りましたよ」とソフィアは呟いた。 何か嫌な予感がした。


 そしてその予感は、観客たちの騒めきによって消された。


 ざわざわ……   ざわざわ……


       ざわざわ……    ざわざわ……


 何が起きたのか? 闘技場の中心に3人の男が立っていた。


 2人は明らかに闘技者だが、その間に拡声器を持った男は一般人――――広報担当スポークスマンのような役割だろうか?


 男は、拡声器を使った。


「我々はここ、王都シュタットの闘技者たちに宣戦布告のために来た!」


 観客たちは、彼等に声援を送る。 どうやら、別の都市の闘技者代表たちのようだ。


 過激のマイクパフォーマンスを繰り返しているが、要するに交流戦を行おうって事らしい。


 観客の様子から、事前にそういう情報が流れていたのだろう。


 だが、男がこちらに向かって指した。 


「闘技場の絶対女王 ソフィア・アイアンフィストは我々の挑戦を受けてくれました」


 事前に聞いていたのだろう。隣のソフィアは優雅に立ち上がり笑顔で答えてみせた。


 それを満足したように広報の男は、次にソフィアの隣に座ってる男を指した。


 つまり、俺――――ユウキ・ライトを指している。


「さらに! 伝説の勇者であるユウキ・ライトも我々の挑戦を受けてくれました!」


 いや、何も聞いていないのだが? 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る