第9話 筋トレ日和
俺は本を読んでいた。 読書の時間だ。
もちろん、普通の本ではない。
ダンジョン探索、モンスターとの激闘。
苦労して手にいた宝箱……その中に入っていた本だ!
冒険者ギルドで鑑定してもらった結果、魔導書の部類だとわかった(やったぜ!)。
ダンジョンの奥底に過去の魔法使いが隠した魔導書。 文字には魔力が込められており、読み終えた者には魔力が宿る……つまり、読むだけで新しく魔法が使えるようになる可能性があるのだ。
まぁ、偽書も多くあり、時間の無駄となる場合もある。 というか、本物である確率は遥かに低い。
ソシャゲのSSR(0.08%)くらいの確率で本物だ。
「なんで、わざわざ偽物を作ってダンジョンの奥底でモンスターに守らせるようにするだよ!」
なんて愚痴も言いたくなるが、魔法使いにとって魔法は学問と鍛練の世界なのだ。
魔導書を読んで楽々に魔法取得なんて外法も外法。 痛い目を見せてやれ!
そんな魔法使いたちが過去にたくさんいたのだろう。
気持ちはわからなくはない。 俺が習得している魔法は2つ。
1つは『肉体強化』
これは、俺が勇者候補として任命され、魔王討伐を命じられた時に、シュタットの王から頂いた魔導書で得た魔法だ。
他にも優秀そうな勇者候補たちがいた。彼らも魔導書を渡され、凄そうな魔法や複数の魔法を手に入れていた。
あの時、俺の番になって、
「ちっ、肉体強化か。コイツは外れだな」と小さな声で呟いていた王さまの顔は忘れられない。
だが、俺は『肉体強化』の魔法を極めて、魔王討伐を成功させたのだが……これはまた別の話。
もう1つは『情報収集』
これは冒険の最中に、古代の魔法使い。 禁忌を操る魔導王との戦い。
世界の心理。魂の秘密。封印された魔法。
それらに触れて身に付けた魔法。
世界を理解して、魂の通り道を理解すると――――
俺が転生する以前の世界から情報を取り出せるようになった。
要するに、異世界でインターネットを再現することがでる魔法だ。
どちらも、今の俺が存在するために必要不可欠の魔法だ。
それを他者に無条件で与えるのは、よほどの聖人なのだろう。
けど――――
「普通に読んでいて面白いんだよな。魔導書の偽物って」
悲しいかな、魔法を極めた偉人であれ、承認欲求から逃げれないようだ。
今回の魔導書は自分達の自伝を書かれていた。 明らかに偽書だ。
ドラゴンや巨人族との戦い。絶体絶命の危機をどう乗り越えたのか?
明らかに、話を盛っている内容だが、フィクションだからの面白さ。
「これはこれで、娯楽として熟れるんじゃないかな……よし、読み終えたぞ」
俺は立ち上がって、体の中で魔力をコントロールする。だが、何も起きない。
「うん、やっぱり偽物だったな。 さて、次を読むか」
俺の部屋には、魔導書が数冊積まれていた。 今まで冒険で得た分の魔導書が溜まっていた。
これを読み終えるのに、どのくらいかかるだろうか?
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
新しい魔法は宿らなかった。 意地になって、積んである魔導書を10冊は読んだ。
3日間、冒険者業は休日。 しかし、何も得られませんでした!
いや、まぁ10冊で魔法が得られる確率は、ガチャの10連で当たりが出るのと同じ確率と考えれば、当たるはずもない。
なんせ、0.08%だよ! 0.08%!
だが、考えて欲しい。 俺は、異世界に転生して30年だ!
30年で当たりが2回って確率が壊れてない? この世界に不具合が出てない?
「なら、もう10冊、魔導書を手に入れて……」
そう思って、重い腰を上げた時だった。
ドンッ! とドアが叩かれた。
ノックにしては怒りが込められた一撃だった。
「え? 何? って言うか誰?」
俺は警戒心MAX 恐る恐るドアに近寄って、様子を――――
だが、ドアは来訪者によって開かれた。鍵はかけておいたはずなのに……
「何をやってるユウキ! 3日間も休んで!」
来訪者の正体はリリティだった。
もっとも、エルフの姿ではなく、ギルド長としての姿。
「その姿でいつも通り喋るな。脳がバグる!」
「そんな事、言ってる場合じゃない! 良いから、ついて来い!」
そう言ってリリティに引っ張られて外に出た。 3日ぶりの太陽は眩しかった。
連れていかれた場所は、冒険者ギルドの裏。 冒険者たちが新しい武器や魔法の試し打ちをするために作られた鍛錬場だが……
「これは何よ!? 私に説明もなしにここに運ばせるんじゃない!」
彼女が指した先にある物は――――
「まさか……完成していたのか!」
大金を出して、鍛冶師のドワーフ親方に特別注文を出していた物。
つまり……
トレーニング器具だ!
「なんだ、この机に椅子。それに金属の棒は何に使うんだい! 武器?」
「よくぞ、聞いてくれたリリティ! これは、体を鍛えるための器具だ」
それぞれ、ベンチプレス、スクワット、デッドリフト!
いわゆる、ビック3と言われるバーベルを使ったトレーニングの代表格。これらは、そのトレーニングを行うための器具たちだ。
「まず、これはベンチプレスだ!」
俺は、手本をリリティに見せるため、ベンチに仰向けに寝て、バーベルを両手で握った。
「これは手本だから、左右のプレート……重りは付けずにやるぞ。こういう風に!」
バーベルを胸の上に降ろし、肘を90度ほど曲げる。そして、力強くバーベルを押し上げてみせた。
「この時、胸の筋肉を意識して、ゆっくりとコントロールして動かすことが重要だぞ☆! HAHAHAHA……」
「ど、どうした、ユウキ? 何か喋り方まで変わっているぞ?」
むっ! ついつい、アメリカの通販番組吹き替え風になってしまう。
いや、今でも深夜に放送してるのかな? あれ……
「なるほど、この重りを使って徐々に持ち上げる。そうやって力を増していくのか」
流石、ギルド長を長年勤めているリリティだ。理解力が高い。
けど、直ぐに首を傾げながら、
「しかし、これでは押す力を養うために極端な筋肉になる。熟練者になればなるほど、動きを阻害されていかないか?」
何度、流石と言えば良い? 初めて見たにも関わらず、即座に見抜くとは……
「問題はない。ここはチーティングを使う」
「ちーてぃんぐ?」
「チートを行う。つまりズルをするって意味さ」
「じゃ、ダメじゃん!」
「まぁまぁ、聞きたまえ」と俺は再びバーベルを握った。
「筋肉を鍛えるには、ゆっくり、しっかり、負荷を感じるようにするのが基本だが、チーティングは逆だ!」
「ほぉぉ??」とリリティは疑問符を浮かべた。
「動きの基本は、反動と勢い! 筋トレではタブーとされている事をあえてやる!
野球の投手をイメージして欲しい。半身の体勢から、足を上げる。
足を地面つける勢いを使い、その力で体を前に傾けながら、腕を振る。そうやって力を連動させてボールに伝えていくのだ。これをトレーニングでも意識して行う。
他にも身体能力を向上されるトレーニングとしてスナッチとクリーン&ジャークがある。そう……スナッチとクリーン&ジャークだ。簡単に説明するなら、オリンピックの重量挙げて行う競技だ。近代科学トレーニング理論では、つまりウェイトトレーニングで培った筋肉を――――(早口)」
おっと! 熱中するあまり、勢いよく喋り倒してしまった。
気のせいか、リリティが距離を取っている。 若干、まさか、引いてる?
けど、手本をリリティに見せていた成果もあったようだ。
離れて様子を窺っていた冒険者たちも近づいてきた。
「計算通り(ニヤリ)」
実は、このままトレーニング器具を鍛錬場に置いて貰う計画だった。
この器具は、ドワーフ親方に特別に注文した物だ。
値段も高かった……予想以上に。
こうやってギルド長であるリリティにプレゼンして、使用料を少額でも取れれば……
「さて、ここから具体的な交渉を……」
交渉を行おうと企んでいた時だった。 空から、何かが急接近してきている。
それは白い鳥だった。 伝書鳩のように手紙が足につけられていた。
この世界の連絡手段に、魔法が使われるのは一般的だ。
だが、貴族などが礼儀の1つとして、鳥に手紙を運ばせることがある。
「……って、俺宛てなのか。 ギルド長の公務関係かと思った」
俺の直前に鳥は着地した。 まるで「ほれ、運んでやったぞ。はよ、受け取れ」と言ってるような態度で、手紙を差し出して来た。
「なになに?」と手紙を開く。 かつての仲間、ケンシが差出人だった。
その内容は――――
『至急 ユウキ・ライト殿
約束の2か月は、経過済である。 王都『シュタット』にただちに戻られよ。
弟子の1人 ソフィア・ アイアンフィストが怒り心頭である。
繰り返す、ただちに戻られよ。 繰り返す、ただちに戻られよ』
「……ヤバいな。すっかり忘れていた」
2か月に1回は王都に帰る約束だった。 手紙の内容だと、弟子の1人であるソフィアが怒っているようだ。
少し、背中に冷たい汗が流れ落ちた。
「リリティ、頼みたいことある」
「何々?」と彼女が背後から、俺の手紙をのぞこうとしてくる。
流石に俺の正体がバレるわけにはいかないので防御だ。
「しばらく……3日くらいは王都に行かなきゃならなくなった。この器具の管理を任せていいか?」
「え、意外! この器具をギルドで管理する代わりに金銭を要求してくると思ってたのに」
「……ひ、人聞きの悪い事を」と俺は図星を突かれて焦ったが、もうそれどころではない。
ぶっちゃけ、俺は弟子であるソフィアが怖いのだ。
3人いる俺の弟子たち―――― その中でもソフィア・アイアンフィストは特別感情的な少女であった。
何より、すぐに暴力を振るう。 まぁ、それは俺の力に対する信頼の裏返し――――彼女が本気を出せる相手が俺しかいないって事もあるのだろうが――――
「と、とにかく、3日間だ。俺の留守の間は頼んだぞ!」
そう言って、俺は王都シュタットに向かって全力疾走を開始した。
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