第12話 異能バトル『経験値1000倍の敵』

 地方都市ゲルベルクへの帰還。その足で俺は冒険者ギルドに行き、ギルド長――――リリティを訪ねた。 


「確かに見た。間違いなくあの男だった」


 最初は半信半疑だった記憶は何度も思い出すことで強化され、今では確信に至っている。


 自分で言っておいて何だが……これが冤罪のメカニズムである。


 だが、待ってほしい。何の手がかりも掴めていない男を別の土地で見かけたのだ。


 冤罪でも何でも調査をするべきではなかろうか!


「いや、普通に冤罪じゃダメだろ」とリリティは冷静に突っ込んだ。


「まぁ、王都のギルドにも情報は共有しておくよ。あの男の目撃例があったって……」


「リリティ、俺はあの男について何も知らない。名前も知らされていない。不自然なほどに……」


 それはつまり、ただの冒険者に知られてはならない重要人物だったのではないか?


 俺の真意をリリティも汲み取ってようだ。


「はぁ」と大きなため息をつくと、


「今まで何人もの冒険者を見てきたけど、ユウキは厄介事に突っ走る男たちと同じ目をしているよ」


 そう言って引き出しから紙束を取り出した。 俺は受け取ろうとしたが、


「待ちなさい。あなたと同じ目をした男たちを2種類見てきたわだわ。最後に英雄となったか、早死にしただけ……ユウキはどっち?」


「俺か……悪いけど、俺はもう自分が英雄になっていると思っているよ」


 想定外の答えだったのかもしれない。 リリティは驚いた表情を見せた。


 まぁ、俺が英雄になっているのは事実なのだが…… 彼女は笑った。


「いいわね、冒険者ってのはそうでないと。これを見るためだけに、英雄を見届けるためだけにギルド長なんて面倒な仕事をやってるのさ、私はね」


 なかなか、長寿種エルフの含蓄が込められた言葉だった。 ここは感動する所なのかもしれない。


 しかし、俺は「うむ?」とリリティの反応が気になっていた。


 てっきり、俺の正体に気づいているのかと思っていた。 冒険者のギルド長が勇者ユウキの情報を掴んでいないってのはどうなんだ?

  

 そう思いながら、リリティから受け取った紙束を開いた。 ……どれどれ?


「あの男の名前は……ハンニバルか。それっぽい名前だな」


「?」


 俺は、元いた世界のサイコホラーのキャラクターを連想した。

 当たり前だが、リリティには通じなかったようだ。


「それで、どのような経歴なんだか……これは!」


 俺は絶句した。これは想定外だった。


 彼の経歴はまるで死の商人のようだったからだ。戦争で武器を売買して利益を貪る者を死の商人……  


「自分の技術を魔族にも売っていたのか。信じられないなぁ。よく魔族を相手に交渉まで持ち込めたな」


 普通なら問答無用で連れ去られ、魔族に必要な知識を搾り取られる。 そして、その方法は拷問に決まってる。


 少なくとも、俺の知ってる魔族は、そういう連中だった。


「生かして、姫や赤子のようにあやした方が得策と考えられたのだろうな。それほどまでに彼の発明は魅力的……少なくとも魔族連中にとってはね」


「? どういうことだリリティ?」


「まだ読めてないなら、どんどん読み続けてみたらわかるよ」   


「なになに? ……うへぇ、どれも下手な魔族よりも悪魔的な実験をしてるじゃないか!」


 こりゃ、魔族もドン引きしたことだろうよ。 けど、ここまで魔族に協力的で戦後に裁かれなかったもんだ。 普通に戦争犯罪者だろ、これ……


「どうして、ハンニバルが戦後も処刑されずに、生きてると思ったでしょ?」


「あぁ、よくもあそこまで、と生きているもんだ。そう思ったよ」


「戦争末期、魔族側が不利だと悟った彼は裏切ったのさ。魔族の重要拠点。その内部情報。まだ人類が遭遇した事のないモンスターの詳しい生態に魔王の詳細なデータ……などなどを手土産にしてね」


「……何て言うか、見下げたやつだなぁ。もう少し、早く知ってたらぶん殴ってたかもしれないぜ」


「ふん、人間と魔族の戦争で、彼も貢献者の1人と言うわけだ。英雄だよ、英雄。下手に彼の実験を制限する事は私たちの――――」


 リリティは言葉を止めた。 けたたましく、部屋のドアがノックされたからだ。


「――――まるで反乱でも起きたか、ダンジョンからモンスターたちが抜け出してきたかのようだね。いいよ、入りな!」


「し、失礼します」と入ってきたのは受付嬢さんだった。


 普段の彼女とは違って、大きく取り乱している様子。


 いったい、何があったのだろうか?


「至急の用件で失礼します。 か、彼が来ました!」


「彼? 彼って誰のことを言っているのさ?」


「それはもちろん、俺さまだよ」と白衣の男が勝手に入室してきた。


「おやおや」とリリティ。 


 慣れたものなのか、彼女は瞬時に老婆に変身していた。


「私たちはちょうど、あなたの話をしていたのですよ、ハンニバルさん」


 ハンニバル…… 人間が持つ未知の力『スキル』 その秘密を暴こうと、モンスターを実験体にして『スキル』を覚醒させようとする凶器のマッドサイエンティスト。


 リリティと俺が話題していた人物がそこにいた。


 いったい、なぜ? その疑問は、俺の代わりにリリティが訪ねてくれた。

 その答えは――――


「なぜ? 冒険者ギルドに冒険者以外の者が訪ねる。その理由は、冒険者に成りに来たか、以来を頼みに来たかの2択ではありませんか?」


「まどろこっしいね。もっと簡潔に言えないの?」


「失礼、これは性分というやつでしてね」とハンニバルは大袈裟に一礼をした。


「依頼を頼みに来ました。もう、私の手には終えません。できれば事情を知っている前回の冒険者と同じ……ユウキ・ライトさんに頼みたいと思っています」


「……俺?」


「はい、先日は王都ですれ違いましたね。挨拶できずに申し訳ありませんでした」


「やはり、あれは本人だったのか」


「はい、ここ最近は王都で勇者の歴史について調べていました」


 意味ありげな視線を寄越してきた。 王都にいて勇者について調べたなら、俺が勇者ユウキ・ライト本人だと知ったのだろう。


 なんなら、あの闘技場の試合も見られたかもしれない。


 まぁ、ここは「?」と疑問符を浮かべて、小首を傾げておこう。


「このおよんで誤魔化せるつもりなのはすごいですね」


 なぜか呆れられてしまった。 誠に遺憾である。


 「私が調べていたのは勇者が持つ『スキル』についてです。もっとも『スキル』をもたない勇者もいたそうですが……」


 ほっとけ。いちいち、こっちの様子をうかがってくるな。


「今より、3代前の勇者が持つスキルについてリリティさんは詳しいですよね?」


「どうして私が詳しいと思うんだい?」


 そう答えるリリティの言葉には、何か強い意思が宿っているようだった。


「その時代の勇者の仲間にはエルフがいたそうです。名前はリリティ……同じ名前ですね。もしかしたら、その時の報酬でギルド長なんて役職を?」


「不思議だね。私がエルフに見えるのかい?」と彼女は老婆らしい笑いかたをした。


 リリティも勇者関係者だったのか…… 


 「まさか!」と俺は受付嬢さんを見た。 


 俺、リリティと続いたのだ。 このパターンだと、全員が勇者関係者になるのではないか?! 


 まさか彼女も勇者の末裔ですごい力をもっている!?


 受付嬢さんは、俺の意図に気づいたらしく、スゴい勢いで首を横に振られた。


 ブンブンと風切り音が聞こえてくるような勢いだ。 

 

「あんたたち、よくこの状況で遊んでられるね……」とリリティに言われてしまった。 


 少し、反省。しばらくは真面目にやろうと決意した。


「3代前の勇者が『スキル』に関わる何かが起きたのかい? まさか、あんた……」


「はい、喜んでください。あの勇者のスキルをモンスターで再現することに成功しました」


「あんた……なんてことを! し、信じられない!」


「ですが、悪い知らせもあります。私が3代前の勇者について詳しく調べようと王都に出掛けてから今日までの10日間……私が留守の間に、そのモンスターが逃げ出してしまいました」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・・


 彼、ハンニバルの説明ではこうだ。


 誰もが自分の望んだ『スキル』を発動できるようにするための実験。


 モンスターが『スキル』を発動させるようになった今、実験は次の段階に進んだ。


 強力なスキル。例えば勇者や聖女、剣聖などが使う上位スキルをモンスターで再現できるか、試していたらしい。なんてこった。


 膨大な実験と失敗と検証の繰り返しで、成功例が1つ。


 それが3代前の勇者、俺の先々代勇者のスキルらしい。


 ハンニバルは経過観察を助手に任せ、自分はそのスキルの情報収集に走った。 それが歴代勇者の記録が保存されている王都である。


 必要なデータを集め、ホクホク顔で帰宅した彼が見たのは、モンスターが逃亡するのに暴れて半壊した自分の家だったらしい。

(なお、助手は無事だったらしいが、ハンニバルに怒られるの嫌で逃走してたらしい)


「逃げた場所はわかっている。私が離れていても、経過観察できるように魔石を埋め込んでいたことが幸運だったな」


「それはどっちの?」と聞こうとしたが、魔石が埋め込まれていたのはモンスターの方だった。


 助手に埋め込んでなくて良かった。


 ハンニバルは地図を開いて、指した。その場所は――――


「地下……下水道に逃げ込んだのか。嫌な場所だな」


 もちろん、単純に不衛生ってこともある。それ以上に厄介なのは、薄暗く狭い通路に限られた足場と戦闘に不向きな所だ。


「それで、モンスターの種類とスキルの内容は? まだ聞いてないぞ」


 かつての勇者が持っていたスキルだ。 


 間違ってもモンスターが発動して良い効果じゃないだろう。


「……」と重い沈黙の後、ハンニバルはそのスキル名を呟いた。


「経験値1000倍だ」


「……ん? 今、何て言った」


「これから、私の依頼で捕縛、あるいは討伐してもらうモンスターが持っているスキルは『経験値1000倍』だ」


「――――」と俺は頭が真っ白になった。 


「なんだって? それじゃ経験値1000倍のモンスターが地下を彷徨っているってことか?」 

 

 この世界では、まるでゲームのように人間やモンスターの力をステータスで表す魔法やスキルが存在している。


 要するに『オープンステータス』ってやつだ。

 

 そういう連中は総じて、『レベル』という特殊な数字の概念を持っている。その『レベル』に記載される数字で実力や成長度合いを把握できる。


 説明が分かりづらいかも知れない。単純に言おう。


 つまり ―――『経験値1000倍』――― ってスキルが使えるって意味は、常人の1000倍の速度で成長する怪物になれるスキルってわけだ。


 例えば1日だけ剣を修行をすれば、1000日――――約3年分の修行になる。


 ここまでくれば因果干渉系の能力じゃねぇの?


「ま、まぁ、ハンニバルが王都に行ってる10日間で30年分の成長したモンスターが相手って考えれば、それほど強敵というわけではないか」


「いや」とハンニバル本人は首を横にした。


「残念な知らせがある。モンスターの種類は『フラスコの人造人間』ホムンクルスだ。寿命は9才と短命だが、その分成長速度は人間の10倍だ」


「えぇ……」とドン引くには十分な情報だ。


 人間の10倍で成長するホムンクルスが『経験値1000倍』のスキルを手に入れた。 


「それってつまり?」


「お前が倒すべきモンスターは、人間の年齢で換算すれば300歳まで生きたホムンクルスということになる。ここまできたら、俺でもどんな生物になっているか想像も難しい」


なんてこった。チクショウめ!

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