オアシスへ

 この町を周って一軒一軒尋ね歩いていると水汲みは女性の仕事であるらしいことが分かった。男性は日が暮れるまで各々の仕事に従事しているそうだ。

 しかし、困ったことに女性たちは銀を持っていないらしい。お金の管理も男性の仕事らしく、女性は勝手に使ってはならない決まりらしい。

 なんとも古臭い考え方だとは思ったが、昔からの常識なのだ。そうそう変わるものじゃあない。

 一応、夜にでも聞いてみてほしいと声をかけた女性に言っておいたから、明日になれば女性からお願いされる可能性はありそうだ。

 今日は諦めようと思い始めていたが、そんなときに一人の老人が目に入った。どうやら足が不自由なようだ。

 下野が駆け寄って話をする。スムーズに話が進んでいるようで、しばらくすると下野が手を振った。どうやら話が付いたらしい。


「うまくいったぜ。銀二枚で瓶一杯頼みたいってよ!家すぐそこだから積んでいこう」


「よし分かった。上手いこといったな」


「ああ、結構困っていたらしくてな。干からびそうだったらしいぜ」


 老人の家で大きな瓶をそりに積み込んだ。バランスを考えてそり後方中央に括りつけた。老人からちゃんと銀貨二枚を受け取る。


「よし、それじゃあ行くか。起伏の緩やかなルートがあるからそこを通れば問題なくオアシスにたどり着ける」


「わかった。道案内は頼む」


「まっかせとけ!まずは東門にいくぞ」


 下野が先導して、僕がそりを引いて後を追う。一人で引いているが、かなり楽だ。流石は砂漠用に作られたそりというだけある。水を汲んだ後でも一人で引っ張れそうだ。

 東門から町の外へ出ると広大な砂漠に踏みしめられた跡が遠くまで伸びている。これを辿っていった先にオアシスがあるのだろう。


「途中休憩なんてしていたら暗くなっちまうからな。水汲みしてとっとと帰ってくるってことでよろしく。そり引きは途中で変わろう」


 オアシスまでの道のりは地面が砂というには固く、歩きやすい。昨日は足を取られるような場所もあって足に負担がかかっていたのだが、今日はそんなことはなさそうだ。

 下野によれば、オアシスまでの道は生活上必ず通らなければならないので、少し整備されているようで、幅3メートルほどの砂岩が敷かれているのだという。

 しばらく似たような景色を見ながら延々と進むのは飽きてくる。目的地があるというだけで精神的には楽だが、やはり面白みはない。

 砂漠の乾いた空気の中で会話をしながら進むのは口の中の水分が持っていかれて喉がすぐに乾いてしまう。水が貴重なこの場所では無駄なことをしないのが得策と言える。

 道中、僕たちの前にはそりを引いている女性たちが目に入る。一部背負子のようなものを背負っている者もいるが少数で、基本的にはそりを使うほうが負担が少なくて量を運べるからだろう。

 太陽が真上に到達した。暑さで喉が渇き、足も疲れてきたところであった。目を凝らすと遠くにきらきらと反射する水面が見えた。


「下野、あれがオアシスか?」


「ああ。思ったよりでかいだろ?」


「そうだな。池くらいの大きさかと思っていた」


「そうだろ?俺も最初はお前と同じ感想だったぜ。ま、それはいいとして、水をくむ場所は限られていて並ばなきゃいけないからな。とっとと行こうぜ」


「ああ、早くたどり着いて水飲みたい」


「確かに。熱中症になっちまう」


 オアシスに近づいていくと簡易的な住居が立ち並んでいるのが見える。水の補給場所というだけあって人であふれており、露店が開かれている。大量の荷物を積み込んだ行商人や旅人、宗教関係など様々な人物がいる。

 これだけ人が行きかうのならこの辺りを発展させて町を構成すればよいのにと思ったのだが、何か理由があるのかもしれない。

 オアシスに並ぶ列は三列あり、そのうちの一列は極端に短い。様子を見るに一般人よりも豪勢な格好をした人物や武器を持った兵士らしき人物が並んでいる。きっと上流階級や国の支配階級が利用する水汲み場なのだろう。

 並んでいる間はひたすら暇だ。暑い中こうして列に並ぶというのは経験あるが、やはりきつい。座れる場所はないし、冷却設備もない。全身から噴き出す汗でべたついた肌の気持ち悪さに耐えて待つ。これを定期的に行わなければならないとなれば、金を払ってでもやってほしいという人はいそうだ。明日は期待してもいいかもしれない。


 太陽が傾いて空の色が変わってきた頃にようやく水汲み場にたどり着いた。見た目はただの金属配管に開閉弁を操作するレバーがついていて、その配管からは2mほどのホースが伸びているというシンプルなものだ。

 まずは喉がカラカラだった僕と下野が水を飲み、その後にそりを近くに寄せて、瓶に水を入れていく。

 水を入れ終えるのにかかる時間は7分ほどで、入れ終わると列の横を抜けてきた道に戻る。

 そりを引いてみると思っているよりは重たくない。重量は20㎏くらいはあると思うのだがそうは感じない。だからと言って重いことは重い。一人だと休憩なしで町まで戻るのは厳しいだろう。

 日はずいぶんと傾いてきているが、暗くなるまでには町までたどり着けるだろう。

 帰り道、気温が下がってきて余裕ができたので下野と雑談をしながらそりを引いた。何の部活をしていたかや、ゲームの話なんかで盛り上がった。

 途中、下野とそり引きを交代して、太陽が沈む前に町まで戻ってきた。

 まずは老人の家に向かう。老人は家の中で待っていた。老人の指示する場所に水の入った瓶を運び入れてやると手を合わせて感謝された。こうして人の役に立つというのはいいものだ。それで銀銭も稼げるならなおさらだ。


「ま、ビジネスってのはwin-winじゃないとな」


「そりゃそうだ。さて、暗くなって寒くなるし戻ろう。明日はもっと忙しいはずだ」


「うし、あーつっかれた!」


 この仕事で路銀を貯めきれるわけじゃないだろうが、何とか砂漠越えができるくらいには稼がなければならない。

 居候させてもらっている家に戻り、壺を運び入れる。

 水を一杯飲ませてもらううと、疲れ切った僕たちはすぐさま寝床に就いた。

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雑学好きの異世界放浪 ひぐらしゆうき @higurashiyuki

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