赤い砂漠

自己暗示もバカにならない

 状況を無理やり納得させた今、こうして砂漠のど真ん中で突っ立っていても何も始まらない。とりあえずポケットの中からスマートフォンを取り出してみる。

 ホーム画面の時計は表示がおかしくなっている。日付は8月1日のままになっている。もちろん圏外なのでネットに接続不可能なので殆どの機能が使用不可能だ。

 使い道があるとすればライトや電卓、あとは写真機能くらいか?使い道が訪れるか不明だけれど、まあないよりはましだ。

 そういえばリュックもこちらの世界に飛ばされてきていた。空中を待っている間に転移?したからか自転車は飛ばされてきていないらしい。あっても砂漠では使い物にはならないからどうでもいいか。

 リュックの中には教材やノートのほかにはモバイルバッテリー1個とのど飴、数日前に貰ったプロテインバー2本、雨が降った時用のコンパクトなレインコート、キーケース、そして財布。

 とりあえず現状の問題は水分だ。こんな灼熱の中にいれば汗があふれ出てくる。そのうち脱水症状を起こしてしまう。

 しかし、辺りを見渡してもオアシスなんて見当たらない。日陰を転々としながら先に進むとしよう。

 どこかで砂漠では肌を出さない方が良いと聞いたことがある。僕のレインコートにはUVカットの機能がついているしおあつらえ向きだろう。

 レインコートを着てフードを被ると体の熱気が閉じ込められて暑いように感じるが、直射日光を皮膚に受けていないだけで体力的には楽に感じる。

 リュックを背負い、スマホの電源を切る。電気があるかわからない以上できる限り大事にしておかなければいざという時に困る。


「とりあえずまっすぐ進んでみて、何かあることを祈るか……」


 汗を拭い、ただひたすら砂の大地を進んでいく。果たして僕は生きてオアシスか町にたどり着けるのか?不安しかないが、やるしかないならやるだけだ。受験勉強を思い出せ。あの辛さに比べればマシだと思い込めば大概のことはどうにかなる。ゴールははるか先かもしれないが、大丈夫だ。

 大丈夫!どうにでもなる!自己暗示は結構効果があるものだったりするものだ。

 さあ、進み続けるんだ榎原カイト!この先にはいいことが待っているぞ!

 暑い……。暑いが、日本の夏よりは楽だろう?日本なんて日陰だろうがむしむしとした不快な暑さが体を襲ってくる。しかし、からっとしている砂漠の暑さは日の当たる場所に限る。日陰に入ってしまえば、たちまち涼しく快適に感じられるのだ。

 十分に休息を取りつつ進めば体力の消耗は抑えられる。

 

 だんだん日が沈んできた。こうなると今度は寒くなってくる。砂漠の夜は乾燥しているためひどく気温が下がり、マイナスまで温度が下がる。今の装備では低体温で凍死しかねない。

 のど飴で喉の乾燥を誤魔化してきたが、そろそろそれも限界に近い。足も痛んできている。

 本格的にまずい状況になってきた。ポジティブな考えが浮かばなくなってきた。

 空が紫色に染まり、周囲が暗くなってきたところで何か見える。どうやら町のようだ。

 かなりギリギリだったが、町にたどり着けたようだ。かなり大きな町のようだから、水や食料は何とかなるかもしれない。

 真っ暗になってあまりの寒さに体が震えてくる。そんな状況になったが何とか町の入り口にたどり着いた。

 町にはろうそくやランタンの明かりが淡くともっていて、暖かさを感じる。

 町の入り口に辿り着くとスマホの電源を入れてライトをつける。町の入り口の門には文字が書かれているのだが、何かさっぱり分らない。

 翻訳アプリを入れていたのを思い出し、文字を調べて見たところ、どうやら地球上に現在存在する文字では無いらしい。発音もわからなければ意味もわからない。


「これは詰んでいるのではないか?」


 失笑と共に疲れがどっと出てきた。いや、しかし普通に考えてそれはそうだ。異世界の言葉がわかるわけがない。都合の良い事なんてそうそう起きはしない。

 町の中に入り、通りを歩いているが人とはすれ違わない。夜は暗いし、寒いので家の中から出てこないのかもしれない。

 町の中央には円形の広場があり、バザーのような場所がある。朝になれば活気があるのだろう。

 左には坂の上に大きな建物がある。見た感じ何かしらの宗教施設だろう。

 右の方は看板を出している建物が多い。宿屋なんかもあるのだろう。

 しかし、手元にあるのは日本円だし、言葉はわからない。

 

「さて、どうするかなぁ。このままじゃ本当に凍死だ」


 広場のベンチにへたり込んでため息を吐く。

 とりあえず腹が減ってる。リュックからプロテインバーを一本取り出して齧りつく。腹が減っているからかやたらと美味く感じる。

 あっという間に食べ終わり腹は多少膨れたが、より一層喉が乾いた。


「……さて、ダメ元だけど行ってみるか」


 ベンチから立ち上がり、看板の立ち並ぶ家々の方へ向かう。

 文字は読めないが、建物の感じから宿屋らしき建物を見つけて扉をノックする。

 少し待つと扉が開く。出てきたのは麻のローブに身を包んだ彫りの深い男性だ。


「ハールサババカ?」


 ダメだ!本当に何を言っているのかわからない。こればどうすべきだ?顔を見る限りかなり怪しんでいる。

 とりあえず中に入りたいことと、水を飲みたいことを伝えなければ。

 僕は体を震わせて、寒いということをアピールして、次に飲み物を飲んでいるようなジェスチャーをする。

 それを見て何か伝わったのか、男性は室内に僕を入れてくれた。

 中に入ると暖炉の火がゆらゆらと揺れていて、とても暖かい。石造りの建物で寒そうだと思ったが、これなら大丈夫そうだ。

 暖炉近くの椅子に座らせてもらい、暫く男性を待つ。

 遠くで何か話しているようだが、言葉がわからないので気にしないことにする。

 暖炉で体を温めていると、水の入ったコップを持った男性。その背後に明らかに顔立ちの違う若い男がいる。

 コップを受け取り、感謝を伝えるために会釈をすると、後ろの若い男に何か指示して奥に引っ込んでしまった。


「いやぁーなんというか安心したよ。俺と同じ境遇の人間に会えたんだから」


「あーそう。同じ境遇なんですか。……って、日本語?……日本語!?」


「はっはは。驚くのも無理ないわな!俺は下野孝也。宜しく!」


 言葉の通じる、しかも日本人に出会えるとは夢にも思わなかったが、最悪な展開は避けられた。

 この世界に来て僕はようやく安堵できた。

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