8月1日。

 顔に当たる日光の眩しさに目を覚ました。ごうごうとなる旧型のエアコンが冷気を吐き出していて、足元に向けていた扇風機は夜にセットしたタイマー機能で止まっている。

 寝ている間に蹴り飛ばしたタオルケットを手に取って綺麗に畳むと、枕元に置いていたスマートフォンを手に取った。

 ホーム画面には8時30分と表示されており、その下に日付とその日の予定、9時30から塾と表示されている。どうやら寝坊はしていないようだ。

 エアコンを切って、机の上に広げられた大学ノートと教材、筆箱を椅子の上に置いておいたリュックサックに詰め込んだ。

 パジャマを脱いで、白のTシャツと薄手のデニムパンツに着替えると、右手にパジャマを持ちリュックを肩にかけて部屋を出る。

 部屋を出た瞬間ムシムシとした暑さを感じる。この分だと外はかなり暑いんだろう。

 一階に降りて玄関前にリュックを置いて廊下を奥まで進み洗面所にある洗濯機にパジャマをほおりこむ。

 洗面所を出てすぐのトイレで用を済ませてまた洗面所に戻って手洗いうがいをして、そのままの流れで顔を洗う。

 新品のタオルで手と顔を優しく拭いて洗濯機にタオルを入れる。そしてリビングに入る。これが今のところ一番効率良い朝の行動順となっている。時間に追われる高校三年生はいかに朝起きてから家を出るまでの時間を短縮できるかによって睡眠時間が変わってくるのだ。


 「おはよう」とソファに腰かけて新聞を読んでいる父と、台所で洗い物をしている母に挨拶をして、ダイニングのテーブルに並べられている朝食に手を付ける。

 今日は白米に味噌汁、ウインナー2本に目玉焼き。まあごく一般的な朝食だった。


「カイト、今日は塾よね?」


「そうだけど、何?」


 母がこういう時は何か頼みごとがあるときだ。僕は朝食を食べながら受け答えをする。


「帰りにスーパーによって麦茶と牛乳、あと料理酒買ってきて頂戴」


「わかったよ。料理酒って赤いパッケージのやつでいいんだろ?」


「そうよ。お願いね」


「へーへー……」


 最後に残った白米を味噌汁で流しこんで食器を台所の母に直接手渡すと洗面所に向かい、歯を磨いて髪を整える。

 時間を見ると9時丁度だ。塾までは自転車で20.分ほどの場所だ。時間の余裕は十分ある。


「塾行ってくる」


 そういうと、リビングから母が「買い物忘れないで頂戴ね!」と叫ぶ声が聞こえてきた。


「わかってるっつーの!」


 僕はリュックを背負い、玄関を開ける。

 家の前の屋根付き駐車場の脇に止めてある自転車を押して公道に出るとまたがって塾に向かう。

 僕の通っている塾は大通りに面した場所にあり、この辺りでは最大規模を誇る。今日は数学だけだから早く終わるだろう。

 自転車を漕いでいる間は風が涼しい。まだ気温が上がり切っていないからというのもあるが、そのうち風が熱風に変わって最悪な気分になるだろう。

 僕は夏という季節は嫌いだ。暑いし汗かくし、何より体育祭が面倒くさい。あんな灼熱の中運動を一日中やる意味が解らない。どう考えても自殺行為だと思うのは僕だけだろうか?

 そんなことを考えていると大通りに出る。3車線の幹線道路でこの時間は車通りがやたらと多い。交差点の信号も長いから、信号に引っかかるかどうかで塾への到着時間が大きく変わる。

 今日はどうやら信号待ちをせずに進めそうだ。スピードを緩めることなく、道路を横断する。


 何かが近づいてくる音が聞こえる。気になって顔を音のする方へ向けようとしたが、何かわからないうちにドン!と強い衝撃を感じる。

 視界が真っ暗になって記憶が曖昧になる。何が何だかわからない。


 …………?


 パッと目を覚ますと、空が見えた。夏のすがすがしいほど綺麗な青空ではない。なんだか淀んで見える。やたら熱いが、日本のようなじめっとした暑さではない。皮膚の触れている地面はサラサラとしている。どうやら砂らしい。

 体を起こすと一面真っ赤な砂地。まるで火星の上に降り立ったようだ。


「うん?……あれ、多分車にひかれたんだよな?でも体痛くない。見ず知らずの場所。……もしかして異世界転移的なやつなのか!?」


 こうして僕はテンプレ展開でこの世界にやってきてしまったようだ。

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