第4話 あたしらのおもちゃ箱







  本来であれば乗り心地が最高なはずである、ほんのり高級感のあるセダンのインスパイアだが、シャコタンで地面と仲良くくっついているかのようにベタベタ。


 鬼の角のようなハの字型のキャンバー角、いわゆる鬼キャンにより、殊更に車高が低く、安定性はともかくとして、乗り心地は最悪だ。


 これはこれで見る分にはイかしているけれど、駐車場を出るにも一苦労、路面の凹凸一つでケツが痛いし、マンホールなんかは天敵でさ、バンパーが飛んでいかないかヒヤヒヤするんだぜ?


 全く、こういうのをかっこいいと思い込んで、やせ我慢して乗るものだから、思わず苦笑いしてしまうものだ。


 もちろん気持ちはわかるし、あたしの乗ってた単車も……某宇宙戦艦の艦首のように伸びた、イノウエ製のロケットカウル、背もたれが軋む長い三段シート、ご機嫌な猫の尻尾のように立ったエビテール、某ネズミの国のパレードのような電飾、あるいはイカ釣り漁船のようなものをかっこいいと信じ、酔いしれていたものだったね。


 もっとも、ウィラには爆笑されてクッソダサい冷凍エビフライ扱いされるし、いつも眠そうで真顔な小幡ですら、キャラ崩壊レベルで笑い転げていたし、イナ先生も……いや、あんたにまで笑われるとさ、ちょっとショックと言うか、あまりにも恥ずかしくて、泣く泣く族車仕様を止めたんだよな……うん、過去の思い出たちとおさらばしないとさ、あたしはきっと、大人になれないかもしれないんだ。


 そして、思い出たちにお別れを告げたあたしを祝福するかのように、新しい今と未来がお出迎えしてくれたって訳さ……まさか今になって再会するとは思わなかったけどね?


 運転席で気取るリクも大人びてきたけど、あの頃と変わらない感じ、感性はそのままだから、あたしにとっては……さながらタイムスリップそのものだね。


 懐かしさを詰め込んだ箱のようなもので思い出に浸りながら、あたしをおまちかねなスティーブ、マーティンの待つところまでひとっ走り。


 路面の凹凸でバンパーを擦る音、小石がぶつかる音、ガタガタと揺らされながら、かつてみんなで集まっていた宝箱、あるいは大きなおもちゃ箱のような、あたしたちの夢が詰まっていた秘密基地である、懐かしのガレージの前に到着した。


 早速入ろうとリクは意気揚々とハンドルを切るものの、車高が低すぎてバンパーを盛大に擦る音を奏で、なんとも締まらない様子に自然と笑いが込み上げてきたのだ。


「おいリク、もう少し丁寧に段差切りしろよ?」


「姐さん、俺にそこまで求めちゃ駄目っすよ」


「相変わらず大雑把と言うか、お前も変わらねえな」


「姐さんはだいぶ変わったっすね、背も延びて綺麗になったっす」


「綺麗なのは元からだろ?」


「ま、姐さんにも男が出来たっすからね……」


 そうして二人で笑い合ったのもつかの間、リクのどこか物悲しげな表情を見逃さなかったあたしは、もう二度と戻れないあの頃を懐かしむ程度に、大人になる寂しさを感じた───。







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