第50話 徴税ですわ

リディアが皇帝となったことで、リディアの追放回数は大幅に増加した。特に自身の名前を書けない人間というのは、この世界では珍しい存在ではなく、公布されてから施行されるまでの半年間で自身の名前を書けるようにならなかった15歳以上の人間は漏れなく領外へ追い出された。その数は10392人。リディアの予想した1万人という数と、ほぼ合致していた。


また、その他の項目でもクリア出来ない項目があった人間は追放をされている。初回故の大追放だった。特にクリア出来なかった人間が多かったのは『運送種19歳:5㎏の荷物を持てる』『建築種13歳:サイズ4のレンガを持ち上げることが出来る』『無職種20歳:職を探そうとする意志を持つ』だった。


リディアの統治は、領民の大半にとって都合が良く、また一部の人間にとって恐ろしい政策だったため、反発や反乱は起きなかった。追放された人間や、追放された人間の家族の大半はリンリン教が蔓延るハイン王国へ移住するが、リディアが「使えない」と言って追い出した存在の末路は悲惨だった。


「リディアお嬢様。今年の米は昨年に引き続き豊作で急造した倉ですら満杯です」

「余ってる分は全部酒造に回しますわ。他の農作物は別に豊作と言えるほど収穫量は上がってませんし、それでいつも通りですわね」


クレシアからの報告を受けるリディアは、米の消費手段として酒を選択する。この世界でも酒の人気は高く、転生者達が力を入れた産業の1つでもあるため、リディアもその恩恵を受けていた。


ナロローザ王国領では米が豊作となり、ナロローザ帝国全域で飢える人は出なかったが、他国は悲惨だった。蝗害が起き飢饉となったため、種籾に手を出した人も多く、更なる困窮を引き起こした。


明治以前の日本においても凶作で飢饉があった年に種籾へ手を伸ばした事例は多く、現実問題として今日を凌げるかも分からない状況で来年のために種籾を残すのは難しい。今日を生き残れないのであれば、明日のために種籾を残す意味がない。


税率を六公四民で固定したリディアは、倉から溢れる勢いで集まる米を見て茫然とする。ここまでの税が集まった最大の要因は、クレシアの率いる黒服隊がきちんと徴税をしているからだった。


……一昔前の言葉だが、クロヨンやトーゴーサンという言葉がある。これは少し前の日本での、所得税の捕捉率を示している。サラリーマンである給与所得者は9割から10割、自営業なら5割から6割、農民や漁師なら3割から4割を捕捉している、という意味だ。要するに、農業や水産業に従事している人間から税金を正確に取ることは難しい、という意味の言葉になる。


というかわざとでなくても抜け漏れは発生する。コンプライアンスに厳しい大企業ですら申告漏れは当たり前に起こることで、国の税の捕捉率が100%になることはまずあり得ない。


昭和の日本でさえ、所得税の捕捉率は酷かったのだ。税の仕組みを考えること以上に、徴税を正確に行うことは国にとって重要になってくる。秀吉が太閤検地を行った理由でもあるが、この世界ではリディアが領主となった者への最初の仕事として検地を行わせている。


そして不正や細工をした者から追放していったリディアの姿を見ている黒服隊の古参面子から領主になっているため、検地の仕事は正確で早い。結果、徴税をしっかりと行う領主が急増した。もちろん100%の捕捉を行えているわけではないが、既に8割から9割程度の捕捉は行えてしまっているのがナロローザ帝国の現状だった。


「……元々私の領地だったナロローザ公爵領の収穫量は昨年の2%程度しか増えていませんが、新しく獲得した領地の米の収穫量が昨年比で250%や300%に増えているのは過去の領主が酷すぎますわ」

「お蔭様で、予想を遥かに上回る量の米が納税されています。

……酒蔵も足りていませんので、酒蔵への支援を行いますがよろしいですか?」

「構いませんわ。あと税関係で不正した人間は全員追放して下さいまし」


毎年恒例となる税関係で不正した人間の追放を、いつも通りの指示として受け取るクレシアだが、年々不正の数は減少しており、今年はついに0となりそうであることをクレシアは把握している。


追放したいがあまり、リディアは不正や中抜きには敏感になり、不正をした者から領外へ追放という重い罪を与えた結果、非常に不正や中抜きが起こり辛くなっているためだ。


納められた税の余剰分を、すべて酒へと変換していったリディアは酒の消化手段がなく、祭りや宴会を開催してもなお余り増え続ける酒を見て各地の封臣への配布を始める。暴君を目指すリディアだが、それでも勿体無い精神は捨て切れなかった。


結果、皇帝としてのリディアの人気は上がり続けた。

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