第42話 負けたいですわ

魔族領の図書館で書物を漁っていたリディアとメイだったが、その途中で魔族の精鋭部隊に囲まれ、魔王城へと連行される。1人1人がリディアと同程度の魔力を保有しており、全員が歴戦の戦士を思わせるような佇まいをしていたため、メイは内心の恐怖を隠しきれなかったが、リディアは魔王に会えると内心ワクワクしていた。


やがてリディアの作った城の中でも一番大きな城を余裕で超える大きさの魔王城に到着し、リディアとメイは武器も取り上げられずに中へと案内される。そこでリディアが対面したのは、とてつもなく身体が大きい魔族だった。


「ナロローザ王国の王と、ここで対面することになるとは思わなかった。クラウス王国の王、ギルベルト=クラウスだ」

「……ナロローザ王国の王、リディア=ナロローザですわ」


リディアは魔族がナロローザ王国誕生の情報まで掴んでいることに違和感を覚えながらも、自己紹介をする。そしてリディアは、ギルベルトに対して質問を幾つか投げかけた。ダンジョンの魔族領側の入り口からどのような魔物があふれ出て来ているのか、人間が魔族へどのように変貌するのか、封印されている女神の殺害は可能か。


途中まで上機嫌にリディアの質問に答えていたギルベルトは、リディアが女神関連の質問をした途端に不機嫌となる。元々、魔族の英雄が殺し切れなかった存在だ。魔族の英雄が、命を懸けて封印した女神。


それを殺すとなると、一旦封印を解かなければならない知識がギルベルトにはあった。転生者に関わる質問もしていたので、リディアが転生者と呼ばれる存在であることもギルベルトは把握していた。ギルベルト自身は転生者ではないが、転生者の子孫であり、転生者が時に理不尽的な強さを身に付けることも知っていた。


しかし、ギルベルトから見てリディアはそこまで強く感じられなかった。実際、素の実力を出し切る殺し合いになるのであれば、リディアはギルベルトに負ける。魔王という存在は、魔族でもっとも強い存在であり、今のリディアには勝てない相手だった。


そもそも、リディアには魔族領でも懸賞金が懸けられていた。次期魔王候補がトラウマになった存在を、魔族が消さない理由もない。


ギルベルトは、茶番を終わらせゆっくりと立ち上がる。玉座から立ち上がって、近づいて来る度にリディアは、ギルベルトが大きくなっていくように見えた。


「……巨大化ですか」

「ご名答。中々面白そうな人間だが、消さない理由がないのでな。消えて貰おう」


リディアの命が危ないと感じ、剣を構えリディアの前に立つメイだが、邪魔だとギルベルトが手で払いのけると、避けることも受け止めることも出来ずにメイは弾き飛ばされ、地面を転がる。やがて柱に背中を打ち付けられ「カハッ」と息を漏らした後、メイはぐったりと動かなくなった。


「死ね」


ギルベルトは大きく振りかぶり、拳をリディアに打ち込む。巨大な握り拳は、直径だけで5メートルほどはあり、容易にリディアを地面へ叩きつけた。


リディアの立っていた場所は陥没し、地響きが起こる。巨大な城が揺れ、周囲の魔王の側近達も恐怖で震えあがる。あまりの速度にリディアは回避することも出来ず、地面の中へ埋まった。ミシミシと、身体中が悲鳴を上げていることをリディアは感じる。


残念ながら、普通であれば逆立ちしても勝てない力量差がそこにはあった。


(……。


あああああ!痛いですわ!滅茶苦茶痛いですわ!身体中の骨が折れてそうですわ!このまま圧死しますわ!回復も間に合いませんわ!


もっと!もっと!もっと強くしてくださいまし!この全力で押し返しても微塵も動かない絶望感!圧倒的な実力差!素敵ですわ!


ここで私は死ぬのですね。この圧倒的な力に圧し潰されて負けるのは最高ですわ!ここで私が死ねば、きっと王国も崩壊しますわ!素晴らしいですわ!


さあ、もっと力を込めて私を滅茶苦茶にして下さいですわ!)


しかし残念なことに、この世界は普通ではない。


このまま負けたい。このまま圧倒的な力の差を体感しながら死にたい。その強い想いが、女神の想いにより反転する。歪な想いが、歪んだ女神の呪いにより、プラスに転じる。


……徐々に、リディアはギルベルトの拳を押し返し始めた。ギルベルト視点、急に力負けをし始めたのだからリディアがとても不気味な存在に思えた。一方のリディアは、せっかく絶頂に達しようかという頃合いで力が弱まってきたのを見て、ギルベルトが手加減し始めたと思い憤る。


拳を片手で持ち上げられるようになると、リディアは不機嫌な顔をしながらもう片方の手でギルベルトの拳を殴る。強い力で押し返されたギルベルトは、さらに拳に強い衝撃が走ったことで痛みに顔を歪め、バランスまで崩す。


片膝を突き、少し小さくなったギルベルトは、改めてリディアを見て、先ほどまで存在していた圧倒的な力量差がなくなっていることを理解した。

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