第2話 『バーティゴブルー 下』

Caution,Caution,Caution,Caution,Caution,Caution,Caution,Caution,Caution,Caution,Caution,Caution,Caution,Caution,Caution,Caution,Caution,Caution,Caution,Caution,Caution,Caution,Caution,Caution,Caution…


 早鐘をうつ心臓の音を聞きながら、既に補助情報の警告で埋め尽くされた実現ディスプレイから、ダイレクトリンクで繋いだ機体のメインカメラに感覚を移す。


 亜音速で飛びながら、驟雨のごとく降り注ぐ光線を避けていく。


「・・・エーテリオン、2番から4番を投与っ」


 コックピットを囲むロボットアームが動いて、頸部の投薬用のソケットにアンプルをジョイント、薬剤を流し込んでいく。


 心臓の鼓動が遠く、緩やかなものとなっていき、それにあわせて飛来する光線や実弾、誘導弾の動きがゆっくりとしたものになっていく。


 十七年前、ソーヤはごくごく普通の高校に通うありふれた少年に過ぎなかった。アーマロイドの襲撃から生き残り避難所に身を寄せてからも、運よく命を拾っただけの無力な若者でしかなかった。


 焦れた様に一機が距離を詰めてくる。


『おおおおおおおおっ!』


 繋がれたままの通信から、雄たけびが聞こえた。気負いすぎた、自らの恐怖を塗りつぶす様な声、部下の、いや、部下だったハワード軍曹と気づいて不敵に笑う。


(相変わらず、威勢だけはいっちょ前だな)


 新兵の頃から面倒を見ていた部下だった。自分の、セラフィエルの恐ろしさは身に染みているだろう。笑ってやるのは酷だろうかと思いながら、いや、と思い直す。


(ビビると冷静さを無くすの最後まで治らなかったな)


 機体の性能差を鑑みれば距離を取るのは容易い。しかし、敢えてそのまま追いすがる様に放たれるハワード機の光線を避け続けた。他の機体から放たれる光線や誘導弾の攻撃がか細いものになる。ハワード機への誤射を恐れているのだろう。敵味方識別装置も効いているだろうから、そう簡単には道連れにする様な攻撃も放てない。


 機体に急制動をかけて相対距離を縮め、腰の後ろにマウントしていた短銃身のリニアライフルを抜き撃つ。至近距離で放たれた実体弾は装甲の隙間を縫う様に機体を食い破った。


 ハワード機が空中で取り落としたエネルギーライフルを拾うと、小さな爆発を引き起こしながら海面へ墜落していくかつての部下に目もくれずに管制AIに命じる。


「火器管制システムのコードをハックしろ」

『Roger…Completed』

「早いな。流石に認証コードを差し替えるので精一杯だったか」


 運よく戦場で命を拾った少年。それは適性を見出されてスレイブジャケットの操縦者となってからも変わらなかった。寄せ集めばかりの素人ばかりの部隊で、やはり平凡の域を出ない兵士の一人でしかなかった。奇跡の様な幸運と戦友の命がソーヤを何度も生き延びさせた。


 生き延びる度に本来であれば死をもって学ぶ様な戦訓を得て、その学びが次の死線でソーヤを生かした。スレイブジャケットの操縦者となって十年戦い続けた頃には、ソーヤは連合軍内で並び立つ者がいないエースと称される様になっていた。


 それは別にソーヤに才能があった訳ではない。ただ単に運が良かっただけだ。そしてソーヤよりも才能のある者達が、その才能と勇敢さ故に早くに亡くなったからに過ぎない。


 少なくとも、ソーヤはそう思っていた。


 機体に衝撃がはしる。


「ッ・・・」


 近接信管で放たれた誘導弾が爆発し、揺らいだ隙を縫う様に光線が左肩部の装甲を吹き飛ばす。だからほら、と考える。ただ運が良かっただけだから、直ぐにこうしてぼろを出す。


 殺到するアーマロイドにエネルギーライフルを放ちながら、遠くからセラフィエルを照準する機体を見上げる。


「あれは、エルンストだな」


 狙撃では並び立つ者のいないとされる女だった。物心ついた頃には世界中が火の海かがれきの山で両親の命を奪ったアーマロイドを誰よりも憎んでいたと言うのに。だが、納得する様な気持ちもあった。仮に両親の仇だとしても、年月が経てばその怒りや悲しみ、恨みすらも薄れ、褪せていく。


 負の感情だけで戦い抜くには余りにも過酷な戦いばかりだった。


 エネルギーライフルで照準を合わせる素振りを見せると、慎重な彼女らしく乱数回避を試みて照準を逸らそうとする。しかし、お陰で狙撃の手が緩まった。


 弾切れを起こしたリニアライフルを投げ捨てる。


 全機が一斉に離れる。マルコシアスの砲口がセラフィエルへ向いていた。ふわりと機体を浮かして、その背を熱線の奔流が駆けた。


「ッ・・・5番を投与っ」


 機体の稼働可能時間は二百五十時間、まだ半分以上も残っている。機体の性能を百パーセント活かすために必要な神経加速薬、エーテリオンもまだ十二分に残っている。


 しかし、ソーヤは考える。自分の体が果たして耐えられるだろうか。


 アーマロイドに紛れて近接攻撃を仕掛けようとしてきたスレイブジャケットの腹を膝で蹴り上げる。腹部装甲は無事だったものの、アブソーバが衝撃を吸収しきれなかったのか、パイロットが気絶した様子で海面へ落ちていく。


『しぶてぇぞっ!死にぞこないっ!』


 スペック少尉の分隊が襲いかかかる。


(良く、分かっているじゃないか)


 高速機動の最中にあっても目を見張るほどの洗練された連携、セルフィエルの回避の軌道を狭めていく。


 一体がセルフィエルの腰にとりついた。


『スペックッ!俺ごとやれっ!』


 応える様にスペック機がエネルギーライフルの照準を定める。ソーヤはとりついた機体の背、ちょうどコックピットがある辺りをに肘を押しあてた。


 爆発音が響いて手首の辺りから薬莢が空を舞う。弾かれた様にとりついた機体が墜落すると、セラフィエルの肘から僅かに飛び出た短く太い針があらわになる。


 光線が飛来し、機体の胸部装甲を僅かに溶かす。メインカメラの右半分に異常が発生、超高熱にやられたか。


『てめぇだけは絶対殺すっ!』


 スペック機が襲いかかる。アーマロイドの随伴機を伴い、統制射撃で逃げ道を塞ぎながら巧みに追い込んでくる。避け、あるいは選んでほんの一瞬だけ光線に機体を晒して装甲を削られながら、嵐の様な攻勢を潜り抜けていく。


『ははぁっ!』


 喜色の声を浮かべながら両腕部を広げ、まるでハグをする様に距離を詰めてくる。加速した知覚が無数の候補手を浮かべてきて、幾つかを即座に排除する。ウルナスピアを使うか。確実にエネルギーライフルで仕留めるか。或いは慎重を期して避けるか。


 しかし、突如としてスペック機の装甲が弾ける様に落ちると、内側から泡の様な物体が急速に広がってセルフィエルとスペック機を包み込む。


 泡は急速に硬化し、落下を始めた。


『言っただろっ!絶対に殺すってなっ!』


 外れた機体装甲の隙間、泡の向こうには小型の戦術核弾頭が見えた。


「何故っ、そこまでして」

『良いさっ!教えてやるっ!てめぇが五年前に沈めた講和派の輸送船にはなっ!俺の兄貴が乗っていたんだっ!』


 薄れかけていた記憶が蘇る。講和派と称して、アーマロイドとは共生が出来ると主張してテロまがいの抗議活動を繰り返す連中の船を、確かにソーヤは沈めていた。


 言葉が見つからなかった。


 そして全てが光に包まれる。


※※※


 通っていた高校に好きだった女の子がいた。同じ中学で、と言うよりも、その子が志望する高校がそこだったから、対して得意でもなかった勉強を頑張って何とか滑りこんだのだ。


 別に特段仲が良かったと言う訳ではない。


 普通の女の子だった。眼鏡で三つ編みで、少し優しくて少し美人な、どこにでもいる様な普通の女の子だった。


「起きろ~、櫻井~」


 ポンと後頭部を何かで叩かれる。


 よだれを垂らしていた机から跳ね起きた。


「ッ・・・、ッ・・・」

「おうおう、なんだ?寝ぼけ過ぎだろ。今は授業中だぞ?」


 白髪頭の偏光グラスをかけた男性が、丸めた冊子を手にソーヤを見下ろしていた。開襟シャツに金のアクセサリーが胸元にのぞく、とても一般人には見えないその男性には見覚えがあった。


「平井、先生?」

「おう・・・てか顔色大丈夫か?」

「え・・・」


 周囲を見渡すと十代中頃と思しき、どこか見覚えのある東洋人の少年少女がソーヤに視線を向けていた。面白がる様な、あるいはさして興味もなさそうな。あるいは授業の邪魔をされて苛立つ様なそれもあった。


 詰襟にセーラ服のコントラストに目を白黒させる。


 頬に触れる。まるで理解が出来なかった。


「・・・・・え」

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