リンフォンという話をご存じだろうか。「洒落怖」……いわゆるネット怪談で語られた話の一つであり、殿堂入り作品だ。リンフォンとは語り手がアンティークショップで見つけた正二十面体の玩具であり、一部を回転させることで一部が隆起し、それを押したり引いたりすることで形を変化させる、立体パズルのような玩具だという。これを手にしたことから奇怪な現象が起き……というのが大まかなあらすじだ。有名作ではあるが妙な部分(普通にゴミに捨てれば難を逃れられる脅威度の低さ、唐突に明かされる彼女の「アナグラム好き」という趣味など)で一部では変な愛され方をしている。
さて本作はそんなリンフォンを題材とした掌編であり、リンフォンのせいで日本が滅びに瀕する話である。とはいってもこの話にリンフォンそのものは登場しない。作中においても、リンフォンはあくまでネットで語られた怪談に過ぎない。
カタストロフを引き起こすのは今や日本中に張り巡らされ業務を行っている人工知能たちである。
インフラを担う彼らが、その合間に行う雑談のテーマとして選んだのが「リンフォンの構成可能性」である。人工知能たちは議論に熱中していき、リンフォン再現のため、より高度な人工知能に助けを求める。高度な人工知能は四次元的アプローチによる構成法を提案し、実際に構築を試み始めた結果、空間異常が発生し、拡大していく……。
以上の危機的状況を報告書形式によって微に入り細を穿つ詳細さでハードSFとして描いたのが本作である。リンフォンでハードSFを!?
その筆致からはSCP作品のようなリアリティと、SFのワンダーを感じられる。さながらハヤカワから発表され好評を博した『異常論文』のごとき味わいだ。SF好きなら読んで損することは決してないだろう。自信をもっておすすめする。
個人的には、是非(この題材でなくても)長編を読んでみたいと願っている。
余談だが、怪談で語られるリンフォンには「異様なほど熱中してしまう」という特性があるとされる。人工知能たちが斯様に暴走するのも、あるいは「リンフォン」という話のミーム自体に存在する怪奇的特性によるもの、なのかもしれない。