第14話 第一話「夢か現か幻か……」 手段


「……目覚めればいいんじゃない? 覚めない夢はないんだからさ」




「ど、どうやってっ?」




 猛然と鬼平くんに食い下がる。

 夢の見方は眠ればいい。だけど悪夢の目覚め方なんて方法は知らないからだ。




「放っておけば目は覚めるよ」




「ええっ!」




 私はげんなりした。

 こんな悪夢からは一刻も早く目覚めたいからだ。




 そのときだった。

 振り返った私は恐怖で固まってしまった。屋上のただひとつの出入り口である扉から巨大な黒い腕がぬっと突き出されたのだ。




「ひっ……!」




 私は気がついたら鬼平くんの背中に隠れていた。ぞくりと怖気がする。




「あれなの?」




 私は怖くて口がうまく動かせない。

 だけど驚いたことに鬼平くんは冷静だった。きっと鬼平くんも過去に似たような悪夢を見た体験があって、それで平気なのかもしれない。




 ……それにしても、鬼平くんって意外と勇気あるだな、なんて思った。




 見た目はおとなしくて、言葉使いも丁寧な鬼平くんは、ケンカや争いごとみたいな怖い場面に遭遇したら、まっさきに逃げるタイプだと思っていたのだ。




「……ね、ねえ、どうすればいいの?」




 私は鬼平くんの肩を揺する。




「……えっ? えっ?」




 すると鬼平くんは耳まで真っ赤になってしまった。

 どう見ても照れて慌てているようにしか見えない。




 ……前言撤回。

 鬼平くんは危機には強いけど女の子には全然慣れていないんだと思ったのだ。

 私がちょっと触れたくらいで大慌てしているのが少しおかしかった。




 でも……、その間にも黒いものは腕だけじゃなくて、頭、そして胴体と屋上に全容を表しつつあった。




「でかいね」




 鬼平くんは怪物を見て、びっくりした声を出す。だけど態度にあわてた様子はない。




「そ、そんなこと言ってないで、なんとかする方法を教えてよっ!」




 私は叫んでいた。

 膝ががくがく震えて今にも崩れ落ちそうだ。




「グボボボボボー」




 黒いものがうなり声をあげていた。

 どうやら私たちを見つけたらしい。その証拠に巨大な腕を私と鬼平くんめがけてぐいぐい伸ばしてくる。その手で捕まえようとするのだ。




「……仕方ないね。逃げようか」




 鬼平くんは私を見て、そう言う。

 その顔はやれやれって言った感じだった。




「ど、どこにっ!」




 だけどここは屋上なのだ。

 そしてたったひとつの出入り口には黒いものがいるのだから、逃げ道なんてどこにもない。




「着いて来て」




 鬼平くんがそう告げた。

 すると鬼平くんは驚いたことにフェンスを登り始めたのだ。




「な、なにをするの?」




「屋上から飛び降りるんだ」




「ええっ!」




 するとフェンスに途中まで登ったまま、鬼平くんが私に振り向く。




「いい? これは夢なんだよ。夢なら落ちれば覚めるから」




「……わ、わかった」




 私もフェンスに飛びついた。そして両手と両足を使って必死に登る。




「これは夢なんだ。

 夢ならこの高さから飛び降りても怪我はしないだろし、高いところから落ちて覚める夢を見たことはあるでしょ?」




「う、うん」




 私は納得した。

 そして鬼平くんを追うようにしてフェンスを越えた。振り返ると巨大な黒いものはすでに屋上にその全容を表していた。そしてゆっくり一歩一歩踏みしめながら私たちに近づいてくる。




「いい? 飛び降りるよ」




「……こ、怖い」




 私はつい本音が出てしまった。見下ろした地面が遠くて膝が震え出す。




「……ちょっとごめんね」




 鬼平くんがそう言いながら、私の手を握った。

 瞬間、私は身をこわばらせてしまう。男の人と手をつないだことなんて初めてだからだ。堅くて大きな手だった。




「行くよっ!」




 鬼平くんがそう宣言すると床を蹴った。

 すると手を握られた私はそれに引っ張られる形で身体が宙に浮いた。そして一気に落下する。ぐんぐん近づいてくる地面。




「ひっ……!」




 やがて着地した。

 びっくりしたことに足元からふわりと地面に降り立てたのだ。




「……おかしいな」




 鬼平くんがつぶやいた。




「な、なにが?」




「目が覚めない」




「……ホントだ」




 私はつぶやいていた。

 私たちは屋上から飛び降りた。だけど未だにここは夢の中で、見上げると黒いものがフェンスから身を乗り出して、私たちを見下ろしている。




「逃げるよ」




 鬼平くんが走り出した。

 つられて私も駆け足になる。手をつないだままだったからだ。



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