第10話 第一話「夢か現か幻か……」 パラオ

「きれい……」




 私は潮風に吹かれるまま、しばらく空をながめていたのだ。




「……今度はどこなの?」




 すると突然に声がした。

 私は起き上がって辺りをうかがう。するとそこには制服姿の鬼平くんが立っていた。




「お、鬼平くん」




「ここはどこなんだろう?」




「たぶんだけど、……パラオっていう国だと思う」




「パラオ? ……あ、そうか。ここはスリーココナッツアイランドだ」




 鬼平くんはあたりを見回してそう答える。




「スリーココナッツ?」




「うん、そこに三本のヤシの木が生えているでしょ?」




「あ、うん」




 私は改めてヤシの木を見上げた。

 たぶん三本のヤシが生えているからスリーココナッツアイランドと言うんだろう。




「ねえ、これも夢なの?」




「そうでしょ? 僕は今、学校帰りで電車の中でうたた寝している最中だったんだ」




「ええっ! じゃあ、また私が見ている夢に来ちゃったの? ……つまり私が『ぬえ』なの?」




「たぶんね。……どうも僕はみすずさんの夢にシンクロしやすい性質らしい」




 鬼平くんは少し困ったようでいて、それでいてちょっとばかり楽しそうな顔をした。




「じゃあ、ここにもこれからなにか起こるの?」




 私は不安になって、そう尋ねる。すると鬼平くんは改めて辺りを見回した。




「……どうなんだろうね。ここは見ての通り、僕たちしかいない」




「確かに……、そうだね」




 鬼平くんは四つん這いになって白い砂を手にすくっていた。

 その指の間から真っ白な砂粒がさらさらと抜け落ちる。

 それが鬼平くんには楽しいようで、なんどもなんども繰り返していた。




「でも、どうしてパラオの夢なんて見たんだろう?」




「あ、……たぶんだけど、私、今、地理の教科書見てたから」




 すると鬼平くんは、あははと少しだけ笑った。

 それは楽しそうな笑顔で見ている私までいい気分にさせてくれる。




「みすずさんはよっぽど見聞きしたことに影響されやすいんだね。

 ……ま、お陰で僕も来たこともないこんなリゾート地に来られたんだから、悪いことばかりじゃないけどね」




「私、地理が苦手なんだ。だからすぐに勉強してても眠くなっちゃうの」




「ふーん。でも考えてみれば、これは最高の勉強だよ。

 来たこともないのにパラオの風景を知っちゃったんだから。……きっと次のテストに出れば満点取れるんじゃない?」




「あ、うん。……でも私、パラオがどこにあるのかも知らないよ」




 すると鬼平くんは少し考え顔になる。




「フィリピンの東にある国だよ。

 主な産業は観光と漁業、ココナッツの栽培。あとはダイビングが有名かな。

 ……人口は二万人くらいの小さな国で、昔はアメリカが統治していたんだ。そしてその前の戦前は日本が統治してた。だから今でも日本とアメリカの影響が大きいんだ」




「そ、そうなの?」




 素直に驚いた。私なんてさっき教科書を見るまで聞いたこともない国だったからだ。

 すると鬼平くんはちょっとだけはにかんだ。見ると頬が少し赤くなっている。




 ……きっと鬼平くんは女の子と話すのが慣れていないんだな、って思った。

 でもそれは別に悪いことじゃない。偉そうな態度の男子より、よっぽと好感が持てる。




「感心しないでよ。僕だって先週、授業で習ったから知ってるだけなんだから……」




「ええっ! じゃあ、鬼平くんも高校二年生なの?」




「うん」




「へえー。どこの高校?」




「えっとね、僕は……」



 ――私はそこで目が覚めた。お母さんが夕飯ができたからと言って声をかけたからだ。



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