第6話 第一話「夢か現か幻か……」 出会い

 そしてお弁当の後のことである。

 私はいつもの習慣である昼寝をすることにした。それは屋上でちょっと横になるだけのことで、時間にして五分から十分くらいの短い睡眠だ。

 そして屋上にやって来たのだ。

 するとそこには今日は誰の姿もない。だから日陰に置いてあるベンチにごろりと横になったのだ。空はどこまでも青くて真っ白な雲が見えた。




 ――そしてふっと浅い眠りについたのだ。




 ――「ねえ、起きてくれよ」




 誰かに揺り起こされた。最初に感じたのはまぶしさ。そしてゆるりと始まる意識の覚醒。




「……だ、誰?」




 私は日のまぶしさから手のひらで顔に影をつくる。

 するとその向こうに私をのぞき込む誰かの姿がある。だけど逆光で顔はわからない。




「あの……。間違ってたら悪いんだけど。……ひょっとして、浅井みすずさん?」




 男の子の声だった。私は上半身を起こす。

 だけど寝ぼけ眼なので、私は頭がぼーっとしていた。




「……も、もしかして、私、寝坊した? 授業が始まっちゃったの?」




「いや、違うよ」




 そこで初めて声の主を見た。

 年齢は私と同じくらいの高校生。背丈はふつうの男子で、そして見知らぬ制服姿だった。




「あなたは、誰?」




 私は尋ねた。

 そしていつでも逃げ出せるように身体の重心を利き足にずらす。

 見知らぬ顔と制服。それだけで私には警戒心を起こさせるには十分な動機だったからだ。




「……僕は鬼平おにへいって言うんだ」




「おにへい? ……本名なの?」




 偽名にしか思えないその名前に、いっそう警戒心を強くする。




「みんな僕のことをそう呼ぶんだ」




「ふーん、そう」




 私は納得することにした。

 鬼平とは有名な時代小説の主人公のはずだ。

 確かお父さんの本棚にずらりとシリーズで並んでいた憶えがある。江戸時代のお奉行かなんかで盗賊を取り締まる偉いお侍だったような気がする。




「ここはどこなんだろう?」




 鬼平くんと名乗った少年は私に質問する。

 その仕草は自然で、なにか良からぬ隠し事があるようには感じない。なので私は警戒を解除した。




 私はぐるりと辺りを見回す。そして答える。




「ここは学校だよ」




 すると鬼平くんは苦笑する。




「……それはわかってるんだ。でもわからないのが、どこの高校かってことなんだ」




「えっ? ……お、大沼東おおぬまひがし高校だけど」




 すると鬼平くんの顔に驚きが広がる。

 信じられないって言った感じの表情になったのだ。




「大沼東高校? 東京都立の大沼東高校ってこと?」




「う、うん。そうだけど……」




 私はそのとき鬼平くんがなにを言っているんだろうと思った。

 ここは私が寝ていた場所で、さっきまでとなにひとつ変わらない屋上だったからだ。




「驚くかもしれないけど、今は夢の中なんだ」




「ええっ! ……ゆ、夢? これは夢なのっ!」




 私は改めて屋上を確かめる。白く塗られてところどころはがれて錆が浮いたフェンス。

 点検のためにはしごがついた給水塔。

 そして眼下に広がる校庭。吹き抜けていく風。流されていく雲。そして青い空。

 あまりにもリアルだった。



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