第14話 最終話

 ジリーを思いやるお祖母様の言葉にサーディルは眉を寄せた。

 

「いくら寂しかったとしても、父親からの愛情がないのはビアも一緒なのです。ビアと手を取り合って助け合い思いやる兄妹の形もあったのではないですか?」


「そうだな」


 お祖父様は目を閉じて頷く。きっとジリーの姿を思い描いているのだろう。


「確かに兄として妹に寄り添うことが理想的ではある。だが、自分より弱い者を助けながら生きるのは大変なのだ。ジリーは安易な生き方を選んだ。その報いはこれから受けるだろう」


 お祖父様もお祖母様も悲しそうに目を伏せたままだった。


 オリビアはお祖父様の『ノイデル伯爵家やジリーが報いを受ける』という言葉に首を傾げた。


「報い……ですか?」


 オリビアがいなくなっただけでノイデル伯爵家の何かが変わるわけではないと思ってるようだ。


「今日の騒ぎで『ノイデル伯爵家の男は女に手を上げる者だ』と判断されてしまったわ。さらにジリーは多くの女性と同時にお付き合いする者だということも知られてしまったのよ。そんな家に娘を嫁がせたい親などいないでしょうね……」


「親戚とはいえ他家で騒ぎを起こしたことも敬遠される要因となろう。

ジリーは女性に関して父親と反対の男になろうと、知らず知らずに行動してしまったのだろうな」


 お祖父様もお祖母様もお辛そうだ。


 ジリーは『一途に妻エリオナを思い苦しんでいる父親』を見てきたので、どうしても一人だけを愛するということができないでいたのだろうと思われた。お祖父様お祖母様を見ていれば、一人と愛し愛されることは良いことだと思えるはずなのに。


「え!? ではノイデル伯爵家は?」


 オリビアはまさかノイデル伯爵家の衰退、没落までは考えていなかった。


「伯爵の弟に子供がいただろう。家が潰れることはあるまい」


「使用人たちは?」


 オリビアは使用人たちにも不当な扱いを受けていた。サーディルにとってはそちらも赦せない存在のようだ。


「それはこちらからは口出しはできん。だが、女主人もおらず、しばらく当主が腑抜けでは執事が動くことになろう。あの執事ならその間に何かしらすることはありえるな」


 執事はオリビアへの虐待に加担はせず、隙を見つけてはオリビアの元へ例の手助けしたメイドを向かわせていた。ノイデル伯爵に逆らうことはできず直接オリビアを庇うことはできなかったが、メイド一人にオリビアの命を救うことなど不可能なのだから、陰ながら執事の働きは大きかったと想像できた。


「だが、オリビアを庇っていたメイドは引き抜く。情報の出処だとバレてしまうのも時間の問題だろう。明日にでも伯爵家を辞めさせよう」


「お祖父様。ありがとう」


 オリビアもそれを危惧していたので、お祖父様の判断にホッと胸を撫で下ろす。

  お祖母様が優しい視線をオリビアへ向ける。


「ビア。シズはどうしているの?」


 この一月ほどはオリビアである時間がほとんどだった。特にサーディルとの時間にはサーディルとオリビアを本当の二人にするために、シズとしての意識を閉ざしていた。ここにいる六人はシズとオリビアの間のそういう意識の状態も理解している。


「今は意識はあってお話も聞いてくれています。でも、今日は久しぶりに、長い時間、表で頑張ってくれたから……疲れたと言っているの」


 オリビアは自分の中のシズを確認するようにそっと両手を自分の胸に当てて目を閉じる。


「ああ、化粧直しのときにもそう言って、ビアを僕に預けてくれたね」


 サーディルは静かな微笑みを浮かべた。オリビアを預けてもらえるほどシズに信頼されていることはとても嬉しいことなのだ。


「ワシらにとって、今やシズも孫娘だ。どうにか大事にしてやりたい」


「わたくしもシズを姉だと思っていますわ」


「うん。過保護なお義姉様だよな。あはは」


 それからはバレルとナッツィも話に加わり、私との思い出話に花が咲いた。私はオリビアの中で嬉しくて恥ずかしくて悶ていた。


〰️ 〰️ 


 オリビアが寝た頃、私は本当の意味で意識が遠のきそうになった。

 オリビアに最後の別れの言葉を告げると浮遊感に包まれ意識を失う。



〰️ 〰️ 



 『ズルっ!』


 私はバスタブの中でお尻を滑らせてしまい危うく溺死しそうになった。


「あぶなっ! 冷たっ!」


 私はどうやら風呂場で居眠りをいていたらしく、保温時間の過ぎた風呂のお湯は冷たくなり始めていた。


「はぁ……。夢か。びっくりしたわぁ……。

あっ! ヤバっ! 携帯!」


 携帯は見事に水没しており、気分は撃沈だ。


「あがろう……」


 項垂れて立ち上がる。バスタブから右足を出した時、足首に付いている傷に動揺した。


「え!? は!? うそっ!?」


 右足首には三センチほどの傷跡が残っていた。現実の私にはあるはずのない傷跡。私がオリビアになって湖の中を岸まで歩いた時に引っ掛けた際の傷跡だった。


 私は急いで風呂から揚がり、パソコンを開く。そして小説投稿サイトを片っ端から見て、オリビアの物語を探した。自分が検索するワードはそう多くはないので必ずヒットするはずだ。


 しかし、夜明けまで探したが、読んだはずの小説を見つけることができなかった。

 店のオープンとともにケータイを買いに行き、再び小説投稿サイトを見直したが、やはり見つけることはできなかった。


 三日もするとオリビアの顔もお祖父様お祖母様の顔も霞がかかったようになり、字面だけの思い出になっていった。



〰️ 〰️ 〰️



 三年後、オリビアが私の夢の中に出てきた。


「シズ。わたくし、女の子を出産いたしましたわ。シズリナと名付けましたのよ。サーディルと同じ濃いネイビーと黒目なんですの。ハンモックの夢で見た貴女に似ているわ」


「私も女の子を産んだわ。名前はオリエ―織恵―というの。旦那はサトル・タナカ―田中悟―って名前なのよ」


「まあ! お名前がわたくしの夫サーディル・タニャックに似ているわね。うふふ。

わたくしたちはこれからも姉妹ですわ。お姉様」


 私はパチリと目を覚ました。隣に寝る我が子を見る。黒目黒髪だが、なんとなく湖で見た幼いオリビアを感じさせた。夫はクォーターで彫りの深い顔であり、身内がいうのも何だが男前である。


「顔はうろ覚えなのに、似ていると感じるなんて不思議よね」


 私は我が子の頭を撫でた。さらに向こうに眠る夫が『フガッ』とイビキをかいた。


「本当でも夢でも……どちらでも構わないわ。私の中でオリビアは幸せになっているもの」


 私は愛娘を抱きしめて再び眠りについた。


〜 fin 〜

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おじさんに物申す! 貴方の奥さんが儚くなったのは娘さんのせいではありませんよ 宇水涼麻 @usuiryoma

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