第12話

 お祖母様の言葉は続く。


「子供ができずに悩むご夫婦もいるわ。子供が生まれた幸運と、妻を亡くした不運は別のものなの。不運を嘆くあまり幸運を受け入れられないのなら、そういうご夫婦に託すこともできたのよ」


「ノイデル伯爵。お前の行動を肯定するものはここには存在しない」


 お祖父様はノイデル伯爵に最後通牒を下した。


「バレル。招待客でない者が紛れているようだ。早々に退出してもらえ」


「かしこまりました」


 執事長バレルの指示でノイデル伯爵親子は外へと連れ出されていった。


「みなさま。お騒がせして申し訳ない。妻と孫娘は化粧直しに一時席を外します。みなさまはごゆるりとおくつろぎください」


 お祖父様の仕切りで私とお祖母様は一旦屋敷内へ戻る。


 化粧を直し廊下に出ると気品のある若い紳士が壁に背を預けて立っていた。私とお祖母様に気がつくとゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 お互いに歩みを進めるとお祖母様の手を取った。


「フィゾルド侯爵夫人。ご機嫌麗しく。

太陽のような微笑みでオリビアを守っていただき感謝いたします」


 紳士は青い瞳を閉じてお祖母様の手に軽い口付けをする。


「サーディル。ありがとう。

シズ。ケーキが食べたいから先に行くわね」


 お祖母様は私にウィンクしてから一人で会場へ戻った。


「シズもお疲れ様。すごく立派だったね」


 サーディルが優しい黒い瞳で微笑み、私の顔を覗くように少しだけ首を傾げると耳の上で切りそろえられているネイビーの髪がサラリと揺れる。


「ありがとうございます。でも、私一人じゃなかったからできたことです。

虐げられたことへの質問はビアでした」


「ああ。近くで見ていたから気がついたよ。ビアはあれをずっと聞きたかったのだろうね」


『なぜわたくしだけが虐げられてきたのでしょうか?』


 オリビアの声は震えていたが過去を知り前へ進む気概を感じられた。 サーディルは微笑んで手を取った。


「ビアと話せるかい?」


「ええ。私はちょっと疲れました。この後のみなさまへの接待はお願いしますね」


「わかった。ビアと恙無くやっておくよ」


 サーディルの素敵なウィンクを見ながら私は意識を遠のかせた。


〰️ 〰️ 〰️


 私とオリビアの生活が始まって一ヶ月ほどしたある日、急な来訪者が現れた。


 隣の領地タニャック公爵家の次男が『隣国での留学から戻ってきたからフィゾルド侯爵夫妻に挨拶がしたい』との来訪だ。それがサーディル・タニャックだ。


 サーディルとフィゾルド侯爵夫妻の話は和やかな雰囲気であった。私は対人として様子を知るべきだと、応接室の隣の部屋で話を聞いていた。


 サーディルは一通り話をすると、改めて姿勢を正した。


「今日はフィゾルド侯爵にお願いがあってまいりました」


「何かな?」


「オリビアには現在婚約者か伴侶はいますか? もしいないのなら、プロポーズしたいのです。オリビアはノイデル伯爵領ですか? 王都暮らしですか?」


「プロポーズですって!?」


 お祖母様が珍しく声を大きくした。お祖父様は声も出ないようだ。


「はい。僕の勝手な気持ちですが、幼い頃からオリビアと結婚したいと望んでおりました。留学から戻り、父から子爵領を賜われることになったのです。今ほどの贅沢はできませんが、オリビアと穏やかに生きていきたいと思っております」


 真剣な眼差しのサーディルにお祖父様でさえもたじろいでいたと後からメイドに聞いた。


 オリビアとサーディルは幼馴染みだ。


 フィゾルド侯爵家とタニャック公爵家は、隣領であったので頻繁に行き来して交流していた。だが、オリビアがノイデル伯爵家に引き取られたこととタニャック公爵家長男が貴族子息用の学園に通うために家族で王都暮らしを始めたことで、直接の交流は少なくなっている。

 領主同士は手紙のやり取りはしていたので、今回のような急な来訪も快く迎え入れた。


「す、少し、このまま待っていてくれ。バレル。お相手を頼む」


 私は隣室から急いで部屋へ戻った。お祖父様とお祖母様が私の部屋に来て相談する。


「シズ。ビアはなんと?」


「直接誰かと話すのはまだ無理そうですね」


 オリビアは表に出るようになってきているが、四人―お祖父様お祖母様、バレル、ナッツィ―以外とはまだ話をしていない。誰かに傷つけられることに臆病になっているのだ。


「そうか。だが、ノイデル伯爵家まで行くと言っているからな。本当にあちらへ行かれては困る。だから、ここにいることを誤魔化さない方がいいだろう。

シズ。今日のところは、体調が思わしくないと挨拶だけにしよう」


「わかりました」


 私たちは連れ立って応接室に赴いた。お祖父様お祖母様に続いて入室する。


 私を見たサーディルは驚愕していた。オリビアがここにいるとは思わなかったのだろう。


 …………と、私たちは考えた。だが、サーディルの言葉はこちらが驚愕するものだった。


「君は誰? オリビア? じゃないよね? 

い、いや……。オリビアなんだけど……?」


 サーディルは瞬きもせず私を見つめている。その目を見て私は動けなくなってしまった。


「オリビア……」


 お祖母様が私の背を優しく撫ぜた。


「はい。お祖母様」


 私とオリビアは交代した。

 サーディルがあ然とするのがわかった。


「オリビア……?? え? どうして? オリビアだよね?」


「サーディルには誤魔化せないようだ。座って話をしよう」


 お祖父様の促しでこれまでの話と現状をサーディルに話すことになった。

 サーディルはこれまでのオリビアの話を驚きと怒りと後悔を隠すことなく顔に出して聞き入っていた。

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