第11話
おそらくオリビア本人としては本当の死の近くにいたときがあったのだと感じている。死の淵からの生還なら簡単には回復しないだろう。
「ええ、ええ。ゆっくりでいいの。
シズ。本当にありがとう」
私とオリビアは交代で表に出てくるようになった。とはいえ、オリビアの時間はとても短いものだ。
オリビアの履修状態は、十歳までの間にここで学んだものだけだった。十歳まではお祖母様が厳しく育ててくれたので、マナーなどはとりあえず大丈夫であった。そのおかげで、ノイデル伯爵に連れらてたパーティーでも問題なく過ごせたようだ。
私はマナーを、オリビアは淑女教育を受けながら生活していった。
私とオリビアは二人で一人。その状態で侯爵家の跡取りお披露目パーティーに参加となった。
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パーティー会場のど真ん中で項垂れているノイデル伯爵と呆けているジリーを尻目にオリビアは凛と立ち、一つ大きく深呼吸をした。
「わたくしはお母様を殺した罪で家族に虐げられてまいりました。ですが、わたくしがお母様を殺したわけではない……。
貴方方は無知故にそうなさっていたのですか? それとも加虐心があり、そのハケ口がわたくしだったのですか?」
二人は俯いて肩を震わせている。
「わたくしもお母様がいらっしゃらないことを寂しく思っておりました。その気持ちは同じはずなのに、なぜわたくしだけが虐げられてきたのでしょうか?」
「そ、それは……。お前を見るとエリオナを思い出す……のだ……」
私は髪の色は父親ノイデル伯爵譲りだが、人並みにふくよかになった今の顔は、肖像画のエリオナお母様にそっくりだった。特に紫の大きな瞳はそのものと言っても過言ではない。
「エリオナと似ない容姿にするため……だ」
オリビアは社交デビューする十六歳まで顔も叩かれていて、目を腫らしていることも度々あった。
「それならば、引き取らなければよろしかったではありませんか……」
お祖母様が目元にハンカチをあてながら訴えた。
実家フィゾルド侯爵家で出産したエリオナは三日後に儚くなった。オリビアは母親の手がないということでそのままフィゾルド侯爵家で十歳までは育てられた。高位貴族令嬢としての嗜みなどを学ばなければならないからだ。
しかし、幼いながらに淑女としてのマナーをある程度学んだ頃、ノイデル伯爵家に引き取られることになった。父親の権限は強く、お祖父様お祖母様はオリビアを手放すしかなかったそうだ。
「初めからそう―虐待―するつもりで引き取るわけがないっ!」
まるで自分に言い訳をするように怒鳴っていた。
メイドも「数ヶ月は普通に生活できていた」と証言しているので間違ってはいないのだろう。しかし、何がきっかけなのかはわからないが、ノイデル伯爵がオリビアの頬を叩きオリビアが泣きじゃくった。その日から少しずつエスカレートしていくことになる。それを見たジリーもいつしか父親であるノイデル伯爵に追随していたそうだ。
お祖父様は拳を強く握り震わせながらノイデル伯爵の話を聞いていた。
「言い訳にもならんよっ! こんなことなら幼いオリビアを引き渡すのではなかった。田舎になど引っ込まず、無理しても会いに行けばよかった」
お祖父様の言葉にお祖母様も涙ぐむ。オリビアと引き離されたお二人は近くにいては寂しさが募ってしまうと、王都屋敷から領地へ移った。元々、オリビアが成人したらフィゾルド侯爵家を継がせるつもりだったのだが、オリビアは成人する誕生日の一月前に家出をし、あの湖で入水自殺した。
そのタイミングで私坂木静流が転生したようなのだ。
ノイデル伯爵親子は、オリビアの自殺も私の転生も知らない。
「貴方たちも二人目の子を望んだではありませんかっ!」
ノイデル伯爵は頭を抱えたまま癇癪を起こした子供のように地面の一点を見つめて声を張り上げる。ジリーはペタンと座り込み父親へ目を向けてはいるが思考に辿りついているかはわからない。
「そうだな。エリオナの病を知らなかったからそれを望んでいたよ。もし病気を知っていたら出産を反対したかもしれん。
だが、どういう経緯であるにせよ、オリビアは生まれたのだ。その『生』を拒絶することは間違えている」
お祖父様は目の合わない
「そうよ……。知識があるなしに関わらず、出産で儚くなったことを生まれた子供の責任にするなんて、決して、していいことではないわ」
お祖母様は泣き声をグッと堪えて凛としてノイデル伯爵を見据える。
「どんなに健康であっても出産には危険が伴うの。それでも女は子供を産むのよ。
悪阻も体の倦怠感も体の重さもあるの。出産の痛みなんて並大抵ではないわ。それでもお腹の子を愛くしみ待ち焦がれ出産するの。
子供は母親がそうやって頑張った証なの。貴方はエリオナの頑張りを否定し続けてきたのよ」
会場のあちらこちらで婦人たちのすすり泣く声が聞こえる。ノイデル伯爵は焦点が合わず呆けており、話を聞けているかはわからない。
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