第10話
私は目をゆっくりと開けた。体を起こそうとするがハンモックなので上手くできない。夢の中ではあんなに優雅に降りることができたのに。メイドが手助けしてくれる。
バレルの指示でメイドたちは先に屋敷へ帰ってもらった。
「お祖父様。お祖母様。バレルさん。
オリビアを見つけました。ですが、まだ怖がっています。しばらくは私の影にいてもらうことにしました」
私は上手く説明できないが、胸の奥に自分とは違う何かの存在を感じている。それがオリビアだと信じている。
「ほ! 本当かっ! ワシらは何をしたらいいのだ?」
「オリビア自身が出てきても大丈夫だということを感じられることがいいと思うのです。無理するのではなく自然に、ですよ」
「まあ! ビアちゃんと早くお茶をしたいのに無理せず自然になんて難しいわね。ふふふ」
お祖母様は優しく微笑む。
「お祖母様さすがですね。とっても自然にお祖母様のお気持ちが伝わります」
「ワシもビアと話もしたいし、昔のように釣りをしたいぞ」
「もう! ビアちゃんはもうすぐ十八歳になる女のコなのよ」
「いいではないかっ! ビアはこの湖が好きだろう? 釣りがダメならボートに乗ろう!」
「それはいいですね。早速修理に出しておきます」
バレルもオリビアにしてあげれることがあるのは嬉しそうだ。
「ビアちゃんがいなくなってボートも乗らなくなってしまったのよ。お祖父様は久しぶりだけど漕げるのかしら?」
「ビアのためなら練習するさっ。ビアにはかっこいいお祖父様だと思われたいからな」
「わたくしが漕ぎますのでご安心を」
「バレルさんがオリビアにかっこいいって思われちゃいますね」
お祖父様がちょっと拗ねた顔をする。それをみんなで笑った。
私の中のオリビアがドキドキしているのを感じていた。
こうして、私とオリビアの生活が始まった。
バレルだけでは対応できないこともあるのでオリビア専属メイドとしてナッツィには私たちの二重人格生活について理解してもらった。
ナッツィはオリビアが幼い頃にもオリビア専属メイドだったそうで、事情を聞いて泣いていた。ナッツィは私がオリビアでないことに気がついていたが、『事情を話していただけるまで待つつもりでおりました』と、すぐに納得してくれた。
お祖父様とお祖母様とバレルとナッツィがあまりにも構うものだからオリビアは早々に『出てみようかな』と言ってきた。
「うふふ。それならちょっとイタズラしようよ」
私のイタズラにオリビアも乗り気になった。
いつもと同じようなドレスにいつもと同じメイクにヘアメイク。何も変わらない私。
そして、いつものお茶時間にサロンへと向かう。今日はナッツィにも先にサロンへ行ってもらった。
『コンコンコン』
ノックをしてサロンのドアを開ける。笑顔で入室すると、お祖父様とお祖母様は立ち上がり、バレルは茶器を落とし、ナッツィはタオルを落とし、四人は目を見開いて驚いている。
「ビ……ア……」
お祖父様の呟きに、お祖母様とバレルとナッツィはその場に崩れて泣き出した。
「わたくしだとわかってくださるのですか?」
廊下ですれ違ったメイドたちは何も気がつかなかった。外見は何も変えていないのだから当然だろう。
オリビアは走った。誰も淑女らしからぬと諌めたりしない。オリビアはその勢いのままお祖父様の首に抱き付いた。
「ビアは十八歳になるのに変わらんなぁ」
お祖父様は涙を流しながらオリビアの頭を撫でた。
オリビアが幼き頃はお祖父様に向かって走るとお祖父様は膝を屈めて、首に抱きつくオリビアを持ち上げてくれていた。
今ではオリビアが少し背伸びをすればお祖父様の首に抱きつくことができるようになっていた。
「こんなに大きくなって……。オリビア。おかえり」
「お祖父様! お祖父様!」
お祖父様はそっとオリビアの腕を解くとオリビアを頬を手で包んだ。
「よく頑張ったな」
オリビアは涙で濡らした顔でコクコクと何度も頷いた。
「オリビア。マーデル―お祖母様―にも顔を見せてあげてくれ」
「お祖母様!」
オリビアは泣き崩れていたお祖母様の背中を抱いた。お祖母様は顔を上げて二人は抱き合って泣いている。
「ビアちゃん。会いたかったわ。ずっとずっと会いたかったのよ」
「お祖母様。わたくしもです」
オリビアの溢れる涙も止まることはなさそうだ。
五人は一頻り泣いた後、どうにかソファについた。お祖父様が一人で長ソファに座り、オリビアとお祖母様が反対側の長ソファに座った。お祖母様はオリビアの手を離そうとはしなかった。
「どうして、わたくしだとわかったのですか?」
「んー……。理由などない。ただ『わかった』としか表現できない」
お祖父様の答えに三人も頷く。
「シズは今はどうしているの?」
「わたくしが今までそうしていたように、わたくしの中で一緒に喜んでくれています」
「そう。シズは本当に天使様ね」
「お祖母様……わたくし……」
オリビアの体が傾きお祖母様に寄りかかった。
「ビア! ビア!」
お祖父様が慌てて声をかける。私は目を開けた。
「シズ……ね」
お祖母様は優しく私の頭を撫でてくれた。
「はい。ビアは眠っていたので、まだ長い時間は表に出られないようです。疲れてしまったのかな? 今はうたた寝のような状態です。でも、話はちゃんとビアに届きますよ」
私はあえて『仮死』とは言わず『眠っていた』という言葉にした。
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