第8話

 確かに処女性を重んじる貴族の中で、しっかりと身の潔白をアピールしておくのは必要だ。ジリーの恋人だと思われている時点で処女であることに疑いを持たれていることは間違いない。それを私の言葉を利用してきっぱりと処女をアピールしておくことは、立派な自己防衛手段である。

 これだけの人がいるのだ。ジリーがフラレたことともにサマンサ様の純潔も社交界で広がるだろう。


 サマンサ様はジリーに『フンッ』と横を向き、お祖父様とお祖母様と私に向き合った。


「お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。オリビア様の今後のご活躍をお祈り申し上げますわ。

本日はこれで失礼させていただきます」


「こちらこそこのようなことになり申し訳ない」


「いえ。オリビア様とは是非改めてご親睦を深めさせていただきたく存じますわ。よろしければお茶会のお誘いをしてもよろしいかしら?」


 サマンサ様は私に素敵な笑顔を見せてくれた。


「はい。お待ちしております」


 サマンサ様が笑顔でカーテシーをしたあと、もう一度項垂れるジリーを睨みつけて出入口へと向かった。それを追いかけるようにサマンサ様のご両親レオガーナ伯爵夫妻も私たちに挨拶をし頭を下げ、ジリーを睨みつけて帰っていった。


「サマンサ嬢によい縁談を探して差し上げましょう」


 お祖母様は私とお祖父様とバレルだけに聞こえるような声だった。


 項垂れているノイデル伯爵と呆けているノイデル卿を尻目にオリビアの復讐は終わらない。


 私は意識の変化を感じた。


〰️ 〰️ 〰️


 お祖父様たちに私とオリビアの話をしてお祖母様とのお茶会をする約束をした後、とりあえずそれぞれで今後どうしていくかを考えてみようということになりその場は解散して、後日再集合することになった。


 私はそのままフィゾルド侯爵夫妻が孫娘のために八年もの間大切にし温めてきた部屋を使わせてもらうことになる。そして、『事故に合い記憶が疎らなオリビア』をメイドの前で演じた。これは三人も了承済みだ。


「頭に靄がかかっているの。悪いけど一人になりたいわ」


 部屋に戻るとメイドにも下ってもらい、一人になる。一般的な日本人である私は、ずっと世話されることも、世話をするためにずっと待ってもらうことも良しとしなかった。


 私は独り言を言いながら考えをまとめていく。フィゾルド侯爵の言葉が気になる。


『神に遣わされた天使様ということですな』


「天使様ねぇ。確かに私がここでこうしていることは、普通ではないものね。神の力って言われた方が納得できるわ」


 私はベッドに座った状態から仰向けに倒れて腕を大の字にした。


「設定や名前まで覚えてないけど、ここって私が最後に読んだ小説の中だと思うのよね」


 目を瞑って懸命に思い出そうとする。


 私が風呂場で読んでいた小説は短編だったと思う。


 母親の死の原因だと家族に虐げられて苦しんだ伯爵令嬢は、祖父母の領地にある思い出の湖で入水自殺する。彼女の死体はキレイなまま祖父母である侯爵邸近くに打ち上げられた。彼女の死後、虐待が発覚し祖父母は彼女の体を伯爵家に返還することを拒否し、湖の近くにある母親の墓標の近くに令嬢の墓標も建てた。


 あらすじはこのようなものだったはずだ。虐待シーンの描写がなかなかエグかった。父親と兄は殴る蹴るは当たり前。使用人たちまで加担していた。


「私ならオリビアを助ける話にしたいなぁって考えていたような……気がする……」


 神様がそのチャンスをくれたのかもしれないと思わなくはない。私はムクッと起き上がりベランダへ出た。

 ベランダの柵は夜露で濡れている。


「神様ぁ。それならオリビアに会わせてよ。もし、うまくザマァできたとしても、オリビアがいないんじゃ意味ないじゃん……」


 星空に向けて独り言ちた。



〰️ 



 これを仕掛けたのは本当に神様かもしれない。だって、私はすぐにオリビアに会えたのだから。


 その日の夜、私は夢を見た。


 広い芝生。真っ白な日傘は大きくて、真っ白なベンチとテーブルに心地よい日陰を作っている。テーブルにはお茶が湯気を立てていて、お皿に乗せられたクッキーはドライフルーツが練り込まれていて宝石のようにキラキラしていた。

 その近くに二本の大きな樹木。二本を繋ぐように紫色のハンモックが揺れている。


 ハンモックの中で眠る美しい少女。


 幼い少女の姿をであったが、私はすぐにオリビアだとわかった。


 だが、夢の中だからなのか、私はオリビアに語りかけることも揺り起こすこともできず、ただ目を覚ましてくれることを祈ることしかできなかった。


〰️ 


 翌朝、フィゾルド侯爵夫妻にこの不思議な夢の話をすると、再び泣き始めた。


「ビアはワシらとの思い出の中で眠っているのか……」


「ビアちゃんはわたくしたちの元へずっと来たかったのね」


「オリビアお嬢様のここでの暮らしは幸せそのものでした……」


 バレルまで涙を流している。だが、悲しみの中にも喜びが見えて、私も少し嬉しく思う。


 私が昨夜の夢で見たオリビアはどうやら十歳ではないかと思われた。十歳でノイデル伯爵家に引き取られたからだ。


「喜びも悲しみもしばらくお待ちください。その場所はわかりますか? 今も同じ状態になっておりますか?」


「いや、ビアがいなくなって、使わなくなってしまったんだ。

バレル! すぐに手配をしろ」


「かしこまりました」


 バレルが頭を四十五度下げ、サッと部屋を出ていく。


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