第7話

「社交場で対峙たいじすることになると今の私では相手にされません。ですから、私はルールやマナーを学びたいのです。私に家庭教師を手配していただけますか?」


「そうか。何にせよこの世界のマナーを学ぶのはいいことだろう。だが、シズ殿はあまり人にこのことは話したくないのだろう?」


 確かに私がオリビアではないことを知っている者は少ない方がいい。


「そうですね。特に今は『マナーも知らないオリビアだ』と周りに知られることは避けたいです」


 ずっと私がオリビアであるのか、オリビアという存在がなくなってしまうのか、オリビアが戻ってくるのか、それはわからない。どうなるにしても、オリビアの醜聞になるようなことは避けておくべきだろう。


「そうだな。それなら、マーデルに習うといい」


 マーデルとはフィゾルド侯爵夫人のことだ。夫人の美しい所作はまさに貴族のそれだ。


「奥様にお願いできることは嬉しいです。でも、奥様のお心の負担になりませんか?」


「マーデルもシズ殿との時間は喜ぶよ。彼女は若い人との交流が大好きなんだよ」


 フィゾルド侯爵夫人の話をするフィゾルド侯爵は本当に愛おしい者を考えているという表情をする。そんな夫婦が羨ましい。


「うふふ。素敵な奥様ですね。

ありがとうございます。奥様に指導をお願いしたいです」


「だが、復讐などシズ殿が気に病むことはない。オリビアの命を救ってくれただけで、ワシらは充分感謝している」


「私がオリビアのせいじゃないって、アイツらに教えてやりたいだけですから」


 私は努めて満面の笑顔にした。そこへ夫人が戻ってきた。侯爵が夫人に家庭教師について説明する。


「まあ! それは嬉しいわ。お茶会用のマナーをやりましょう。シズ様の話もいろいろと聞かせてくださいませね」


「はいっ! 奥様」


「もう! シズ様。『奥様』はダメよ。貴女はうちのメイドではないし、他の者には貴女はオリビアだということにするのだから。

わたくしのことは『お祖母様』と呼んでね」


 夫人が可愛らしくそう言うと、侯爵も慌てて付け足す。


「ワシも『お祖父様』と、なっ!」


「わかりました。お祖父様。お祖母様」


 二人は笑顔で涙を流した。


「では、私のこともこの中では『シズ』と、そして外では『オリビア』とお呼びください」


「そうか。シズ。よろしく頼む」


「シズ。本当のお祖母様だと思ってね」


「はいっ!」


 私は幼い頃に両家の祖父母を亡くしているので、祖父母の記憶がない。だから、とても嬉しい。そして、オリビアが羨ましく、さらにこの二人にオリビアを戻してあげたくなった。


「ところで、シズ。先程の話だが、ワシらはエリオナの死をオリビアのせいなどとは思っておらん。とても悲しい出来事ではあったが、仕方のない運命だったのだ。ワシらはエリオナの死という運命とオリビアの生という運命を受け入れ、オリビアを愛していた。今でも愛しておる」


 お祖母様はお祖父様の手を取り、ウンウンと頷く。


「だが、ヤツらそうでなかったのだな……。本当に愚かな者たちだ……。そんな愚か者たちに何を教えるというのだ?」


「性教育ですっ!」


 私がキッパリと言った言葉に、お祖母様はアワアワとして頬を染めた。やはりこの世界では淑女が口にしていいことではないらしい。

 私は二人に妊娠についての知識を話した。そしてこの世界の認知度を知るための調査も協力してもらえることになった。


  ノイデル伯爵はお母様の死が自分のせいだと納得したのか、膝を地面につき項垂れて呆けている。


 ノイデル卿も青い顔で父親ノイデル伯爵を見て呆然としていた。

 私はこの兄であるノイデル卿もオリビアを虐待していたことを知っているのでこちらも教育してやらなくてはならない。


「ノイデル卿。貴方にとって父親だけの話ではないのですよ」


「え?」


 こちらをやっと向いたが、先程までの怒りはなく目を虚ろにさせている。


「貴方もそのお年になっても性教育をわかっていらっしゃらないようですわね?

わたくしはノイデル伯爵のように『一人に拘って潰すこと』だけを申しているのではありません。知識もなく何人もの方と性交渉をなされていることも問題だと思います」


「っ!!!」


 虚ろな目から驚愕の目に変わった。


「周りから見ると恋人と思われる方が何人かいらっしゃるとお聞きしております。社交界の紳士方の間では有名だとか? しかし、そのような薄い知識で婚姻前に大丈夫ですか?」


 いらぬことまで暴露されたジリー・ノイデル卿は顔を青くした。そこへ可愛らしい令嬢が前へと進み出てくる。


「サマンサ……」


 ジリーは震えながら呟いた。その令嬢はレオガーナ伯爵家のサマンサ様らしい。


 サマンサ様が手にしていた扇でジリーの頬を叩くとバチーンと大きな音が響き、叩かれたジリーだけでなく誰もがあ然としている。


「貴方に性交渉を迫られた時、お断りして本当によかったですわ。令嬢らしくない言葉でごめんなさいね。ですが、これはわたくしの名誉を守るためのお言葉ですのよ。卑猥な意味では全くありません。ご理解くださいませねっ」


 サマンサ様はジリーのエスコートでいくつかのパーティーに参加しており、恋人の一人ということは有名だと聞いている。もちろん、サマンサ様は自分だけと思っていたからこそのこのお怒りなのだ。

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