第6話
ノイデル伯爵は顔を真っ赤にさせて私を睨んでいる。
「なっ! なっ! お前は
「矜持があるから、自分の尊厳を守るための知識の言葉だと申しております。先に申し上げましたでしょう? まわりをご覧になってください。みなさまご理解してくださっております」
客人たちは同意して首肯したり、ノイデル伯爵を睨みつけたり、
ノイデル伯爵はギリギリと奥歯を噛む。
「ぐぬぬ……。 俺はっ! 妻以外を抱く気はないっ!」
伯爵として外での言葉使いは普段はできているノイデル伯爵だが、興奮していて『俺』を使ってしまっていた。目はすわり口を引くつかせる姿は貴族の矜持とはかけ離れたものだ。
「それならば、自慰行為で納得するべきでしたね」
さすがに喉を鳴らして驚きを見せる客人も数名いたが、尚更にオリビアの話に聞き入り、反論やあざ笑いの声はない。
「自慰行為のお手伝い程度でしたら、お母様のお体にも影響はなかったでしょう」
ノイデル伯爵は娘オリビアに自慰行為をしていろと言われてワナワナとしている。オリビアの中身が違うことなどこの男は気がついていない。
ノイデル伯爵はなかなかの絶倫男だったらしく、週に四回から五回は性交渉をしていたと当時から働くメイドから聞いているが、まさかそこまではここで暴露しないでおく。
「そして、子を宿す可能性のある時期は本格的に性交渉をするべきではなかったのです」
「俺は男だぞ! そんな時期など! 知るわけがないっ!」
予想通りの反論に私は首を左右に振る。
「いえ。伯爵家の後継者として、家庭教師からはもちろん、執事やメイドからも『子を授かるための大切な期間』について、教授されているはずです」
ノイデル伯爵だけでなく数名の男性が仰け反った。授かるための期間があるなら授からない期間があるのは当然なのにそれには考えが至っていないのだろう。
その期間にしたとしても妊娠は確実ではない。だが期間を外す避妊に関してはなかなかの高確率で可能にする知識だ。
この世界の妊娠に関する知識がどの程度なのか知らなかったので、お祖母様はもちろんメイドたちもに聞き取り、さらにはお祖父様に娼館へ連れていっていただきお姉様方からいろいろと教えていただいた。
その結果、月のもの―生理―に対する妊娠しやすい時期というのはかなり知られている知識だった。そうでなければ、避妊具のないこの世界では、娼館は妊婦だらけになってしまう。
月のものを止める薬があるそうだが体に悪いということで飲んでいない娼婦のお姉様はたくさんいた。
「昔からのメイドはお母様の月のものの周期をきちんと把握しておりました。メイドに聞けば妊娠させないための性交渉の日を教えてくれたでしょう」
それを把握していたのはオリビアの逃亡を手助けしてくれたメイドだ。
ノイデル伯爵の顔はすでに真っ赤から真っ青になっていた。思い当たることがあるのだろう。
「ご自分の性欲に負けた弱さと、娼館に行けないプライドと、メイドに聞けない傲慢さと、自分で調べない無知さ。ノイデル伯爵のそれらの悪癖のせいでお母様は子を孕み、堕胎を希望せず、わたくしを出産なさることになったのです」
ノイデル伯爵は膝から落ちた。
「日々お母様に無理をさせ、さらに妊娠させたノイデル伯爵こそ、お母様のお命をお奪いになった真犯人ですわ」
ノイデル伯爵は頭を抱えて蹲った。
〰️ 〰️ 〰️
私が転生して湖から脱出し、フィゾルド侯爵家に着いた翌日、フィゾルド侯爵夫妻と執事長バレルに向き合った。
自分は『オリビア』ではなく『シズ』であること。
夢で見た限り、オリビアは入水自殺したと思われること。
その原因は家族からの壮絶な虐待であること。
私は私が知りうることすべてを話した。涙ながらに聞いてくれた三人は、悲しみと憎しみとで瞳は爛々としている。
「シズ殿は、オリビアの体を守り、オリビアの無念を晴らすために神に遣わされた天使様ということですな」
フィゾルド侯爵の言葉に戸惑い否定したが、三人はウンウンと納得した顔をしていた。
私とオリビアとの話をするとフィゾルド侯爵夫人が泣いてしまったために、化粧直しに一度退席することになった。
フィゾルド侯爵と二人になり、私は湖からこの屋敷までの話などをした。私に対するフィゾルド侯爵の反応は良好だと思う。そう判断した私は昨夜考えていたお願いをすることにした。
「大変厚かましいのですが、お願いがあります」
「ん? 何かな? シズ殿の願いなら何でも聞くぞ」
優しく眉尻を下げるフィゾルド侯爵にホッとする自分がいる。私はフィゾルド侯爵夫人の昨日の様子を見たはずだが、かなり不安があったのだと感じた。よくよく考えれば、『オリビアを乗っ取った』と取られても致し方ない状態なのだから、不安であって当然なのだ。たまたま受け入れてもらえたが、本来ならもっと慎重にいくべきだったかもしれない。私はフィゾルド侯爵夫妻の優しさに完全に甘えていた。
「もし、ノイデル伯爵に復讐できる機会があるとすれば、社交の場だと思うのです」
フィゾルド侯爵も執事長バレルも驚きながらも『復讐』という言葉を否定はしてこなかった。
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