第3話

 老夫婦が仲睦まじげに腕を組み笑顔で入室してきた。傍らには昨日の執事服の男がいる。彼がメイドが相談してくれた執事長バレルだろう。


「お祖父様。お祖母様。お人払いをお願いできますか?」


 昨日の私の様子を知る二人はすぐに頷いてくれ、部屋に残るのは私と老夫婦と執事長バレルだけになった。


「お祖父様。お祖母様……

いえ、フィゾルド侯爵様。そして奥様。お二人を騙すようなことになり、申し訳ございません」


 私は深々と頭を下げた。それはもう膝に頭を擦り付けるほどに。本来なら土下座をしたいくらいだが、この体でそれをするのはかえって不敬なきがした。


「ビアちゃん! そんな他人行儀はやめて」


 フィゾルド侯爵夫人ら泣きそうな顔をして私にすがるかのように手を伸ばし、侯爵も口に手を当てながら悲しげに私を見た。


「奥様。私はオリビア・ノイデル伯爵令嬢ではないのです」


「何を言うの、ビアちゃん。数年会えなかったけれど、わたくしたちが貴女を見間違うはずがないわ」


「深い訳があるのだろう。いいから聞いてみようじゃないか」


 侯爵は侯爵夫人の肩を優しく抱き手を降ろさせた。

 

「これからするお話は奇想天外で理解しがたく、さらにお二人にとっては辛いお話になりますが、どうか聞いてください」


 私は再び深々と頭を下げる。三人が喉を鳴らして息を潜め私の話に聞きいてくれることがわかった。


 この半年後、私はフィゾルド侯爵家の養女として書類上認められる。それは侯爵夫妻だけでなく家内の使用人たちも皆が喜んでくれた。


 その一週間後には王都にあるフィゾルド侯爵家の大きな屋敷で私のお披露目パーティーが催されることになっており、すでにお祖父様お祖母様の差配で招待状が配られていた。

 王都の使用人たちも私を快く受け入れてくれ、パーティの準備は万端に整えられていった。


 当日、お祖父様お祖母様が用意してくださった豪華なドレスに見を包み、素敵なアクセサリーを付け、キレイにサイドを編み上げたハーフアップヘアスタイルの大変美しいオリビアができあがった。


 お祖父様であるフィゾルド侯爵は大変顔が広く大勢の招待客が集まり、会場となる庭園はとても賑やかだった。

 お祖父様が私をノイデル伯爵家から引き取り、フィゾルド侯爵家の跡取りとすることにしたと紹介してくださり、パーティーが始まった。

 会場を練り歩けばあちらこちらから祝福の声をいただける。私はこの半年で学んだ笑顔を貼り付けて軽い会釈をしながらお祖父様と歩く。お祖父様は重要な方の前では止まり改めてご紹介してくださった。


 そうこうしていると屋敷から執事がすごい速さの歩きで近づいてきて、お祖父様に耳打ちする。


「来たようだ」


 お祖父様が私に呟いた。私は小さく頷く。私たちと離れて接待してくれていたお祖母様とバレルも私たちの元へ来てくれる。


「オリビア! キサマ! どういうつもりだっ!」


「「「ひっ!」」」

「「「きゃぁ!」」」


 会場のあちらこちらから悲鳴が聞こえる。貴族のパーティーでこんな怒声が響くなどありえないので淑女たちは肩を震わせている。パートナーの紳士が支えたり、フィゾルド家のメイドや執事たちがフォローしている。


「ノイデル伯爵。招待されてもいない人の家のパーティーに押しかけてその態度はなんと無礼なことかっ!」


 大きくはないが威厳のある声でお祖父様が叱責する。大声で怒鳴り込んで来たのは、オリビアの実の父親ノイデル伯爵だ。

 叱責されても怯まないノイデル伯爵は目をギラつかせながら私たちの側まで来る。五メートルほど手前でフィゾルド家の執事に腕を掴まれて止められた。


「侯爵! 半年もの間、我が娘を隠していたのですねっ! これは誘拐だ!」


「おや? 行方不明者届けも出されておらんようだが? 我が家への確認の問い合わせも来ていない。

成人した者が自分の意志で家を出たことを誘拐とは言わんだろう?」


 お祖父様は優雅な笑顔で答える。


「行方不明になった時はまだ成人していないっ!」


「さあ? 行方不明届けが出ておらんから、いつオリビアが行方不明となったのかは知らん。我が家で暮らし始めたのはつい三月前。すでに成人していたよ」


 本当は半年前からフィゾルド侯爵家にお世話になっている。誕生日前だったので成人していなかった。だが、ノイデル伯爵家からの問い合わせがなかったのだから、いくらでも誤魔化せる。

 バレルからの報告でノイデル伯爵が秘密裏にオリビアを探していたことはわかっている。虐待を受けていたオリビアがいなくなり、いなくなった理由を問われたくなくて、行方不明者届けもフィゾルド侯爵家への問い合わせもできなかったのだろう。オリビアが遠くに行けるわけがないと思い込み、王都中を、それこそ貧民街まで探していると報告されている。


 飄々と躱すお祖父様にノイデル伯爵はイライラしていた。


「オリビアの意志だとっ! オリビアにそんな力があるわけがないっ!」


 実の父親にそう言われたオリビア。私はオリビアが受けてきた事や押し込められた感情を思い胸が苦しくなった。

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