第2話

 水面みなもがキラキラと光る湖畔を濃い緑の髪に紫の瞳をした可愛らしい少女と銀髪に紫の瞳をしたしとやそうな婦人が手を繋いで歩いている。


「ビアちゃん。キレイでしょう。貴女のお母様が好きだった景色よ。エリーは貴女がお腹にいる時も時々来ていたのよ」


「おばあさま! おかあさまはお空からでもご覧になっていらっしゃるわ」


 オリビアは青空に向かって手を振った。


 私は虚ろな脳内のまま目を開ける。


『夢か……。夢の婦人とさっきの老婦人……少し若かったけど同一人物だよね』

 

 目に映ったのは見たことがない天蓋。そうまるで想像の中の宮殿のベッドのように薄いレースが垂らされている。


「こんなの高級ホテルしかありえないわよ。行ったことないけど……」


 働かない頭で呟いてしまった。


「オリビアお嬢様! 目をお覚ましになりましたか!? 奥様を呼んでまいります」


 おそらくメイドと思われる女性が慌てて部屋を出て行ったのを目の端で見た私はゆっくりと起き上がる。

 

 ありえないほど大きなベッドに座っている私は肌触りの良い服に着替えさせらている。

 大きな部屋に大きな窓。レースのカーテンが風にゆらめく。外はもう夕方のようで茜色だ。部屋の中には豪華そうな家具が並び壁には大きな絵が飾られていた。それは夢で見た湖畔の絵だった。


 コンコンコンとソフトにノックされて静かにドアが開く。メイドが恭しく大きく開けると倒れる前に見た老婦人が目を潤ませて入ってきた。急ぎ足ででも決して走らず近づいてくる。そして私の頭をギュッと自分の胸に押し付けた。


『抱き締められている……』


 私の中の記憶のようなものがキュンッとすると涙が自然に溢れてくる。


「お祖母様。ごめんなさい」


 口から出た言葉に私自身でも驚いた。


「ビアちゃん。いいのよ。もう大丈夫。今日はゆっくりとおやすみなさい。夕食はこちらに運ばせるわ」


 老婦人は私を抱き締めたまま私の頭をずっとでていた。

 

「ふふふ。ビアちゃんといるとお話したいことがたくさんあって、ビアちゃんをおやすみさせてあげられないわね。今日は我慢するわ。明日、たくさんお話しましょうね」


 私の身体を離した老婦人は懸命に笑顔を作っているようだった。優しい瞳の中に悲しみが浮かんでいる。


「はい」


 老婦人が部屋から出ると、メイドに世話をされて湯浴みをし食事をしベッドへ戻る。

 メイドが暖炉の上のロウソクだけを残して部屋を暗くすると私は再び深い眠りに落ちた。


 落ちた先は先程の夢の続きだったようだ。


『お前がエリオナを殺したのだ』


 オリビアと同じダークグリーンの髪の壮年の男は濃茶色の瞳の見開いてオリビアの頬を叩く。男の胸元までしかない少女の体は簡単に床に転がった。それを見下ろし睨みつける。


『母上を返せ!』


 老婦人と同じシルバーの輝く髪に大きな茶色の瞳の美少年がオリビアを両手で突き飛ばす。尻もちを付くと髪をつかまれた。


『お前が代わりに死ねばよかったんだ』


 少年の暴言は続くが髪の痛さでそれどころではなかった。


「夢見が悪過ぎて簡単に回復できると思えなくなってきた」


 目が覚めたが緩慢な動きしかできない私にメイドたちは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。

 夢について整理したかったし、老婦人と朝食の席で顔を合わせることを避けたかった私はベッドに朝食を運んでもらうが、昨日の今日なので疑われることはなかった。


「朝食の後、お祖父様とお祖母様とお話をしたいの。段取りをしてもらえる?」


「かしこまりました。執事長のバレル様にお伝えしておきます」


 メイドが優しく頷いてくれた。


「それと記憶が曖昧なの。朝食の間、話し相手になってもらえるかしら?」


「わたくしでよければよろこんで」


 私の食事の間に色々と教えてもらい、食事の終了を確認して朝食が下げられる。


 メイドの話によるとオリビアのお祖父様はフィゾルド侯爵様。この国はなんとか王国と言っていたがあれもこれもは覚えられないので侯爵様の名前だけしっかりと覚えた。生活様式などを聞いてみたが私の知る現代とはかけ離れるほど不便そうだ。

 服装も髪色も私にとって通常ではないので、異世界であることは間違いないだろう。


 朝食を取り一息つけた私は、メイドが戻って来る前にクローゼットを開けて自分で着られそうな服を探す。昨日はかなり弱っていたので湯浴みも着替えも手伝ってもらったが、平民意識満載で日本人である私は着替えを手伝ってもらうのはかなり恥ずかしい。

 ちょうど良さそうなワンピースを見つけ、急いで着替えた。戻ってきたメイドは私の服を見て一瞬驚いたが、すぐに微笑に戻りドレッサーに導いてくれる。化粧とヘアセットをしてもらった。


「バレル様にお聞きしましたら、早々にお時間をいただけるということでした。今から参りますか?」


「そうね。案内してもらえる?」


「はい。ではこちらです」


 私の記憶が曖昧だと伝えていたメイドはにこやかに案内してくれる。メイドに案内されたのは見事な応接室だった。

 メイドに促されてソファへと腰を下ろす。


「旦那様と奥様にお声掛けしてまいります」


 入れ違いに入ってきたメイドはワゴンを押していて、すぐにお茶の用意を始めた。お二人はすぐにいらっしゃるということだろう。


 私は心の中でしっかりと気合を入れた。

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